よあけまえのキミへ
それから半刻ほど経っただろうか。
陽も落ちてすっかりあたりが暗くなったころ、ようやく私があさひ屋さんに引き取られるということで、話がまとまった。
急なことで準備もろくにできていないと焦ったものの、自室に戻ってみると、きっちりと風呂敷二つ分の荷造りがされてある。
――そっか。
かぐら屋へ移るために今朝荷物をまとめておいたばかりだった。
好都合とばかりに大きな風呂敷をかつぎ、一つは抱えて、私はあさひ屋さんへと向かった。
「できる限り早めに戻りますので、それまでこの子をよろしくお願いします」
あさひ屋のご主人に、かすみさんが深々と頭を下げる。
奥の路地まで占領して、ひそひそと遠巻きにこちらを見守っていた付近の住民たちはというと、事態の収束を見てさっさと解散してしまったようで、今はあたりの家々にも普段通りに灯りがともっている。
近くの店舗のいくつかは、店先で新選組の隊士さんからいろいろと事情を聞かれているけれど、彼らはいずみ屋の揉め事には微塵も関わっていないから、そんな尋問もすぐに終わるだろう。
「かすみちゃん、行ってらっしゃい。あんなことがあって、うちもしばらくは気が休まらんわ。はよう戻ってきてな」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……それじゃ美湖ちゃん、行ってくるからね。いい子で待っててね」
あさひ屋さんに向かって申し訳なさそうにもう一度深く頭を下げると、かすみさんは私の頭をなでて小さく微笑んでくれる。
「うん、行ってらっしゃい! いい子にしてるね」
かすみさんの言葉には、無茶なことはするなと静かに諭すような含みがある。
それを受けて「分かってるよ」と、安心させるようにこちらも笑みを向ける。
「よし、そんじゃ行こう。お嬢ちゃん、即席で雑だが一応壊れた戸の修理はしておいたからな。表の戸も裏の戸も、ガッチリ釘で打ち付けてあるから、簡単には中に入れねぇ。女将を帰すときにまた隊士をよこすから、そいつに釘をはずしてもらってくれ」
「はいっ! 分かりました。永倉さん、何から何までありがとうございます」
私が勢いよく体を曲げて頭を下げると、そのとなりであさひ屋さんのご主人と女将さんも、丁寧な動きでそれに続く。
やがて永倉さんは、付近で聞き込みをしていた隊士さんや、近くの路地の見回りを任されていた幾人かを召集し、点呼をとってぞろぞろと屯所へ引き返して行く。
先頭の永倉さんのそばを歩くかすみさんは、こちらを振り返ることもなく、しっかりとした足取りで、入りくんだ路の向こうへと消えていった。