よあけまえのキミへ
あくびをかみ殺して外を見張りながら五つ目の金平糖を指でつまんだその時、ふいに廊下につながる障子が開き、おかみさんが部屋へと入ってきた。
「あ、おかみさん……そろそろお休みですか?」
寝間着の上からあさひ屋の屋号が入った羽織をかけたおかみさんさんを見て、姿勢を正す。
寝る前に様子を見に来てくれたのかな。
「そやけど……美湖ちゃん、一つ聞いてもええ?」
困ったような表情で眉間にシワを寄せ、おかみさんはそっとうしろ手で障子をしめる。
「何ですか?」
まだ布団も敷いていない部屋の中央におかみさんが腰をおろしたのを見て、こちらもその正面に正座する。
「夕餉のあと、ご近所さんが立て続けに話しにきはってな……」
「今日の騒動のことですか? 私が対応したほうがよかったでしょうか……?」
「いや、それがなぁ……正直言ってよう分からんのよ」
おかみさんの口調はやけに重くたどたどしく、奥歯にものがはさまったような物言いだ。
何か言いにくいことを言おうとしているんだろう。
「どうぞ、遠慮なさらずなんでも聞いてください」
隠すことなんて何もないし、ありのまま事実を話すのみだ。
私はまっすぐにおかみさんの目を見つめる。
「……やったら聞くけど、あんたらほんまはあの浪士らに加担しとるんやないの?」
「えっ……」
予想外の一言に言葉がつまる。
唐突に突き付けられた刃物のような言葉が胸をえぐり、どくりと体の中心が脈うった。
「これまでのいずみ屋さんを見とったら、なんぼでも不審なとこ挙げられるからや。普段から浪士にええ顔してツケで通わせよったし……」
「お客さんとして接していただけです! それ以上のつながりなんてありません……!」
「隣の奥さんが、見た言うてたで……あんたらが店閉めたあとに浪士から何や、たんまりと銭を受けとってたって」
「それは……!」
おそらく深門さんがツケを払いに来てくれた時の話だ。
谷口屋さん、見てたんだ……。
「それにな、美湖ちゃんが浪士らしい男と外で仲良うしとるところも見た人がおるんよ。あんたらは普段から浪士と密に付き合うてるんやろ? そんで、なんかがきっかけで仲間割れして……」
おかみさんは決めつけるようなで口調で強くまくし立てる。
まるで般若の面のように、その目はみるみるつり上がっていく。
「違います! 彼らが店に来るのはあくまで客としてでした、私たちは何もやましい事はしていません」
お世話になっている身で口ごたえなんて許されないのかもしれないけど、黙っているわけにはいかない。
このままだと雨京さんやかぐら屋にまで悪い評判が及んでしまう。
「あんたがそう言い張るならもう何も聞かんけど……かすみちゃんは戻って来れるんかねぇ」
しらけたように大きく息を吐いて、おかみさんが立ち上がる。
「どういう意味ですか……? すぐに戻ってきますよ」
少し話を聞いてもらうだけだとかすみさんは言っていた。
明日には戻ってくるはずなんだ。
「そやったらええけど……騒ぎのあと、ここらの住民は新選組に話聞かれて、みんなあらいざらいぶちまけたはずやで。いずみ屋のこれまでの行いや、つのった不信感をな」
「そんな……」
だとしたら新選組の人たちは、いずみ屋の悪い評判ばかりを持ち帰って報告することになるじゃないか。
きっとそのほとんどが事実とはちがう、根も葉もない噂や憶測だ。
「まぁ、何にしてもうちが部屋を貸すのは今夜だけや。かすみちゃんがどうなろうと明日には出て行ってな、ほなおやすみ」
ピシャリと勢いよく障子を閉め、おかみさんは部屋を出ていった。
夕餉を食べる時はまだこちらに対して気をつかい、ねぎらってくれていたおかみさんが、今や鬼の形相だ。
きっと次々に様子をうかがいにくるご近所さんから言われたんだろう――いずみ屋に関わるなと。
なんだか、どんどん物事が悪い方向へと向かっている気がする。