よあけまえのキミへ
行灯に灯りをともして四方に置くと、薄暗い店内がほんのりと明るくなった。
「油が残り少なくてあんまりもちそうにないから、手早く済ませようね」
「わかった! それにしても多いねぇ……全部外してると時間かかりそう」
四方の壁を見渡す。
版画から貴重な肉筆画まで、ありとあらゆる絵がきれいに並べて飾られている。
縦に長い掛物絵から、横長の絵巻、さらには凧や双六といった玩具絵のたぐいまで、種類は問わず何でもござれ。
すべてひっくるめて七、八十枚はあるだろうか。
ちなみに、汚れにくいようにと価値のあるものほど上のほうに配置してあるそうだ。
「とりあえず、上のほうの絵から回収していく?」
「そうねぇ……美湖ちゃんは掛物をはずしていってくれる? あとのものは、ちょっと剥がすのにコツがいるから」
かすみさんはそう言って、壁にかかった縦長の掛物絵をポンポンと優しく撫でる。
「わかった! これ、くるくる下から巻けばいい?」
「うん、両側を持って少しずつ。できるだけ芯に密着させるように巻き取ってみて。きつくやりすぎると絵が傷むからそのあたりは加減してね」
「はぁい!」
指示通り下から少しずつ丁寧に絵を巻いていく。
筆一本で龍と山と雲が描かれた水墨画だ。
かすみさんは色がついた華やかな錦絵や玩具絵が好きだから、これは晴之助さんが飾ったものだろう。
「ある程度巻いたら、あとは釘から外して畳の上で巻き終えるといいよ」
かすみさんがこちらを気にかけて声をかけてくれる。
「はぁい」
言われるままに壁から絵を外して、残りをきっちりと巻き取る。
最後は紐でくくって、おしまい……!
こういう絵の取り扱いには、傷つけないよう正式なやり方があるそうだけど、今回は仕方ない。
なんとなくで我慢してもらおう。
そうこうしながら、当初はおそるおそる絵に触っていた私もだんだんとコツをつかみ、一枚終えるごとに軽く鼻歌をはさむほど余裕が出てきた。
絵と向き合うたびにいずみ屋での思い出がよみがえってくる。
父があくびをかみ殺しながら完成させた凧絵。
男前すぎて直視できないと、頬を赤らめながらかすみさんがいつも誉めちらかしていた武者絵。
晴之助さんがお宝だと満足そうに見つめていた父の連作肉筆画。
それにお客さんが誉めてくれた絵……気に入ってくれた絵。
眺めているだけで、いろんな人の顔が浮かんでくる。
ここにある絵一枚一枚に、いずみ屋の歴史が詰まっているんだ。
大切にしなきゃいけないと、あらためて感じる。
またかすみさんと一緒にこの場所で、この絵を飾ってお店を開けるように、一から頑張っていかなきゃ――。
「かすみさん! 掛物、ぜんぶ外したよ。十二枚もあったけど、どうしよう? 何かに包んで運ぶ?」
「そうね、ひとつひとつ軸箱に納めたいところだけど、それだとかさ張りそうだものねぇ……それじゃ、いくつかまとめて桐箱に入れておいてくれる?」
「分かった。箱、部屋にあったかなぁ……? 二階見てくるね」
そう言って私は店内との仕切りであるのれんをくぐって、その先にある階段へと向かう。
「美湖ちゃん、桐箱、私の部屋にもいくつかあるから使って。あと、絵を包むための揉紙も持ってきてくれる?」
のれんを手で押し上げて、かすみさんがちらりと顔を覗かせる。
そして予想以上に暗い廊下を見て心配そうに頬に手をあてた。
「暗いから気をつけてね、行灯ひとつ持っていく?」
「まだ夕方だし大丈夫だよー! すぐに戻るね!」
足元がほとんど見えない真っ暗な階段を一段飛ばしで駆け上がりながら、私は元気に返事をした。