よあけまえのキミへ
「アレ以外は全部回収したはずだよね?」
「たぶんな……つうかわざわざ二階なんぞに隠すんじゃねぇよ、無能ッ」
勝手口のほうから土足で上がり込んできたのは、新選組ではなく例の浪士たちだった。
飢えた野犬のようにぎらついた眼を吊り上げながら、廊下のすみに置いてあった火鉢を蹴り倒すのは、たしか水瀬と呼ばれていた男だ。
きょろきょろと用心深くあたりを見回しながらそれに続くのは、私やかすみさんとも親しかった深門さん。
他に仲間の気配はない。
ずかずかと迷いなく、二人は灯りのともった店内へと進んで行く。
(かすみさんが危ない……!)
ふるえる足に力を込めて立ち上がり、壁に寄りかかるようにして階段を降りる。
音をたてないよう、一歩一歩慎重に。
店内のあかりが差し込む距離まで降りると、ぼそぼそと中で交わされる会話が耳に入ってきた。
「昨日はさんざんな目にあわせてくれたな……新選組に密告するとはよぉ」
「もともと奴らとつながっていたのか!?」
もれ聞こえる声に耳をすませながら、壁に背中をくっつけてそっと中の様子をうかがう。
のれんの奥――私がいる場所から二間半ほど離れた位置に、浪士二人は立っている。
こちらに背を向けているので私の視線には気づいていない。
かすみさんはそれに相対するように立ちはだかり、彼らにけわしい表情を向けている。
浪士たちをへだてて、一瞬私とかすみさんの目があった。
「お帰りください、これ以上店を荒らされては迷惑です」
かすみさんは持っていた絵を手の甲で払うように、強めにぱしぱしと叩く。
そしてちらりと、本当に一瞬だけこちらに視線を流した。
あの追い払うような動きはもしかして、はやくここから出ろという意味……?
「昨日ざっと隠してたもんは回収したが、短刀がひとふり見つからなかったんだよ……てめぇらが持ってるな?」
「存じません、お引き取りを」
これまでさんざん柔らかくツケや客のわがままを許してきたあのかすみさんと同じ人物だとは思えない、冷たく突きはなすような言葉と顔つき。
それは、店主の顔だった。
何がなんでも自分の店を守るという、覚悟を決めた人間の――。
のれん越しに、かすみさんのほうへと合図を送った。
人差し指で外を差して「人を呼んでくる」と口の動きで伝える。
それを見届けたかすみさんは、わずかに顎を引いてうなずくようなしぐさを見せた。
正確に伝わったかどうかは分からないけど、ここは私が助けを呼びに行くしかない。
武器ももたず非力な私が浪士たちに立ち向かっても、勝ち目はない――。
幸い彼らはかすみさんが盗品を発見して保管していると思い込んでいるようなので、しばらくは会話を引き延ばすこともできそうだ。
(待っててね、かすみさん――!)
無事を祈りながら別れぎわに一瞥し、私はそっと土間のほうへと向かった。
戸の一部が何やらくりぬかれたように破壊され、あたりに木片が散らばっている。
何をどうやったのかは分からないけれど、こうも簡単に戸を破られてはこちらとしても、どうしようもない。
言葉にならない怒りと焦りが奥底から噴き出してくる。
それでも立ち止まるわけにはいかないと、私は歯を食いしばって外へと駆け出した。