よあけまえのキミへ
「燃える……うちの店が……」
燃えうつる炎を見て血の気を失ったくちびるを震わせながら、私のすぐ隣でそうつぶやくのは谷口屋のおかみさんだ。
「あ、あの……」
もう何を言っても遅いのかもしれないけれど、せめて謝罪の言葉だけでも告げようと口をひらきかけて、止める。
目を見開き殺意すら感じる表情で、谷口屋の奥さんがこちらを睨んだからだ。
「あんたのせいやろ……何や、また性懲りもなくぞろぞろと浪士ども引き連れて戻って来て! その人らが助けてくれるん? アホちゃうか!? そんなわけない!! どうせまた利用されて捨てられるだけや!! なんで分からんの!?」
「そんなこと……」
「まだそんな、信用ならんよそ者と付き合うつもり? 呆れてものも言えんわ……なぁ、みなさんよう分かったやろ! いずみ屋はうちらが思った通りの厄介者や! 薄汚うて忌々しい浪士どもの仲間や!!」
ざわざわと、火消しに動いていた人々が眉をひそめて何かをつぶやきながらこちらに目を向ける。
「今度は何を企んどるんや」
「はよう失せろ」
恨みがましい言葉たちは、バチバチと店が焼ける音にまぎれてあちこちで聞こえてくる。