よあけまえのキミへ
いくらか状況を把握し、深く息を吸い込むと、脳裏に焼き付いたあの夜の光景が鮮明によみがえってくる。
燃え上がるいずみ屋、引き倒されていく周辺家屋……そして。
「……やっぱり私、刺されたんですね……」
脇腹をさすりながら、ぽつりと漏らす。
あの夜、谷口屋さんが背後からぶつかってきた時、私は一瞬「死んだ」と思った。
思いきり突き刺されて、もう助からないと。
「刺されはしたけど、致命傷じゃないから安心して。背から脇腹を通って、すべるように抜けていく傷でね……相手も一瞬躊躇したんだと思うよ」
「いいえ……致命傷です」
がくりとうなだれて、膝を抱えるようにして顔をふせる。
店を焼かれて。
かすみさんは行方不明で。
私は人から刺されるほどに強く恨まれていて――。
もう、手元には何も残っていない。
帰る家も、大切な人も、周囲からの信頼も。
全部、一夜にして砕け散った。
これを致命傷と言わずして、何と言うのか。
「中岡さんたちから、事情は聞いたよ。ひどい浪士たちに目をつけられてしまって、大変だったね」
「……大変だったのは、私じゃありません。無関係なご近所さんたちです……! 取り返しのつかないことをしてしまいました。浪士と関わるなと何度も注意を受けていたのに……! 考えが甘かったです、悪い人ばかりじゃないって信頼して……その結果たくさんの人を傷つけて……」
まさか、こんな結末が待っているだなんて思いもよらなかった。
水瀬たちへの違和感なら、何度か頭をよぎったはずだ。
それでも私は、見ないふりをした。
お客さんを疑ってはいけないと。
きっと悪い人ではないと……!
「今の君から見たら、浪士は悪いやつばかりに見えるかな」
突っ伏したまま嗚咽をもらす私に、長岡さんがかけた言葉はやっぱり涼しく落ち着いていて。
その他人事のような距離感が、少しばかり憎らしく思えた。
「分かりません、もう……。浪士って一くくりにはしたくないけど、でも、こんな風に乱暴な人ばかりなら、二度と近づきたくないです!!」
涙声でそう叫びながら。
これまでいずみ屋を訪れた浪士たちはどんな人たちだったかと、記憶をたどる。
申しわけなさそうに頭を下げながら、ツケにしてほしいと頼みこむ人。
強気に大声を張り上げて、お代を踏み倒していく人。
少ない持ち合わせから、きちんとお金を払ってくれる人。
様々だった。
数で言えば、満足にお代を払えない人が多かったけれど。
そんな人たちの中でも、お代がわりに洗い物を手伝ってくれたり、ざっとお店の前を掃除してくれたりするような、さっぱりして気立てのいい人もたくさんいた。
「浪士も十人十色だよ。いずみ屋さんは浪士の客だって拒まずに受け入れて来たんでしょ? だったらよく分かってるはずだよ」
「……そうかもしれません……でも、私には彼ら一人一人がどんな色を持っているのか見極める目がありません……笑顔を向けられたら、少し優しい言葉をかけられたら、もうそれだけで悪い人じゃないって思ってしまいます……! 見せかけの優しさに、すぐに騙されてしまうんです!」
人の善悪がわからない。
自分の判断に自信が持てない。
私の前ではいつもにこにこと優しかった深門さんの顔が頭に浮かんで、思わず叫びだしそうになる。