よあけまえのキミへ
「えええええっ!? う、うそっ!?」
予期せぬ展開の連続に、ぐつぐつに煮詰まっていた私の頭は限界とばかりに湯気を上げた。
かすみさんの視線を追って、私もあわててほとがらを注視する。
私が拾ったほとがらに写っている人は三人。
まず目に入るのは、中央で小さな腰掛けに座る男の人。
外套を肩に掛けて腕を組み、堂々とした雰囲気。
だけれど不思議と親しみを感じるのは、穏やかな笑みをこちらに向けているからだろうか。
そしてその両脇を固めるように立つ二人。
左には、鋭く力のこもった目でこちらを射抜く武士風の男の人。
ピシッとした羽織袴で姿勢がよく、長身だ。
くせのある髪を肩のあたりで束ねて刀の柄に手を置く姿は、古い時代の剣豪のようだ。
右の人は、なんだか少し雰囲気が違う。
ぼさぼさの髪を無理やり撫でつけ、あちこちほつれ破けた着物で中央の腰掛けの背もたれによりかかっている。
見たところ、浪士のような風体だ。
こう言っては何だけど、一人だけ目が死んでいる。
全くもってやる気が感じられない……この人だけむりやり連れて来られたとしか考えられない。
「かすみさんが知ってるのはどの人? まさか、三人とも!?」
「ううん、一人だけ。この人よ」
そう言って指先でトンとつついて示すのは、左端に立つ男の人。
密かに、一番近寄りがたそうだと思っていた人物だ。
「どこで会ったの!? というか本当にいたんだ、この人たち……」
完全に絵の中の人間だと思っていただけに、未だに実感が湧かない。
ほとがらが『目の前のものをそのまま写す』ものである以上、間違いなく今この時を生きる人間であることは間違いないんだけど……。
「意外と三人とも近くにいると思うな。この人は何度かうちのお店に来てくれてたもの。すごくいい人よ」
「え!? いずみ屋のお客さんなの!? いい人なんだ……なんかこう、無礼を働いたらバッサリやられちゃいそうな雰囲気だけど」
「ふふ、そんなことないわ。甘味が好きでね、穏やかでいつもにこにこしてる人だもの」
いつもにこにこ……ほとがらと見比べて首を傾げる。
実際に会話してみないと、人って分からないものなんだな。
「名前は分かる?」
「うん、橋本さんだよ。この人もたぶん浪士さんね」
「橋本さん! わー! 何かあれだね! 名前が分かるとこう、一気に身近に感じるねっ!」
「忘れた頃にふらっと来てくれる人だから、美湖ちゃんもそのうち会えるんじゃないかな。橋本さんに聞けばきっと、あとの二人のことも分かるよ」
「うん……うんっ! 会いたい! 三人の声が聞きたいっ!」
かすみさんは、浮かれる私を見てくすりと笑う。
「ふふ。それに、拾い物なら持ち主にきちんと返してあげなきゃね。もしかしたら、今も探してるかもしれないし」
「そうだね! 手放すのはちょっと寂しいけど、本人に会えたらきっとスッキリすると思うし……ああ、橋本さん早くお店に来ないかなぁ!」
胸の中に閉じ込めるようにして、そっとほとがらを抱きしめながら、鼻歌まじりに部屋の中を歩き回る。
まるで夢物語のようなほとがらの話と、紙の中の三人が実在するという現実に、これ以上ないほど気持ちが昂っていた。
「かすみさん! 明日、写場にも行ってみるよ。寺町通りだっけ? もしかしたらこのほとがらについて何か分かるかもしれないし」
「それがいいわ。美湖ちゃんほとがら自体にも興味津々みたいだしね、いろいろお話聞いておいで」
「うんっ! えへへー、楽しみっ!」
未知のものに触れる、はじけそうにわくわくしたこんな気持ち……成長したらもう味わえないものだと思っていた。
そわそわして、なんだか無性に嬉しくて、自然に口許がゆるむ。
直接見たことも、話したこともない三人。
そのうち二人は名前すら知らない。
私が一方的に、ほとがらを通じて存在を知っているだけ。
それでも、紙の中の彼らが現実にいると知ってしまったら、胸の高鳴りを抑えられない。
(会えるよね、きっと)
――ほのかな期待を抱きながら、私は紙の中の三人に語りかけるように熱い視線を落とした。