よあけまえのキミへ

「みこちん! あさげやでー!」

「ゆきちゃん……おはよう」

 朝から元気いっぱいなゆきちゃんの声が耳の奥まで響き渡り、私は目を覚ました。

 ぼやけた視界でまばたきをしながらあたりを見回すと、二人ぶんの食事が部屋の中央で美味しそうに湯気を立てているのが目に入る。

「みこちん、起きれる? 布団のとこまでお膳運ぼか?」

「大丈夫、起きるよ」

「ほんまに? まだ傷痛むやろ。無理せんでな」

「うん、はやく良くなりたいしね。よく食べて寝て、体もできるだけ動かすようにしてみるよ!」

 明るく声を張り上げ気合いを入れた私は、布団から出てお膳の前に座る。
 本当は動くたびにちくりと脇腹が痛むんだけど、気にしない。


「殿がじきじきに料理してくれはるんかと思てたら、食事は女中さんが用意するんやてー。ちょい残念やな」

 いただきますと手をあわせ、ゆきちゃんは白いご飯にお漬物をのせながらつぶやく。

 朝餉の内容は、ご飯に味噌汁に焼き魚にあげだし豆腐。
 そして扇形の雅なお皿に盛り付けられた色とりどりのお漬物。
 一見質素な見た目ながら、一人では食べきれそうにないと思えるほどの量がある。

「雨京さんは朝から忙しいからね……殿って、雨京さんのことだよね?」

「そ。態度といい、この屋敷といい殿っちゅう感じやん。そもそも殿は自分で食事作ったりするん?」

「するよ。前にお父さんとここに遊びに来たとき、ご馳走になったんだ。すっごくおいしかった!」

 父の「茶漬けが食いたい!」との熱望に応えて雨京さんが作ってくれた鯛茶漬けは、私たちが想像する粗末な猫まんままがいのものではなく、一杯で何両もするようなきらびやかで神々しい逸品だった。

 雨京さんは、ねっからの料理人だ。
 そのこだわりは並大抵のものではないと、かぐら屋で働く人々からたびたび耳にする。
 一品一品最高のものを、手間を惜しまず細部にまでこだわり抜いて完成させる。

 けれど、その労力を自分や家の人間の食事にまで割くことは滅多にない。
 そこまでこだわり抜くのはさすがに無理な話だ。
 あの日父や私に腕をふるってくれたのは、客人に対するおもてなしの気持ちからだろう。

「雨京さん自身は、かぐら屋の板前さんが作ったまかないを食べるみたいだよ」

「うわ、まかない作る人責任重大やな。こんなまずいもんが食えるかー! とか言って皿ぶん投げられたりしそうや」

「そこまではないけど、いろいろ指摘されたりするのは当たり前みたい。だからまかないって言っても全力なんだって」

「へぇ~、気が抜けんなぁ」

 相づちをうちながら、ゆきちゃんはどこかうわの空といった様子で、せっせと箸を動かしている。
 話よりも食べることに集中しはじめたみたいだ。

 女中さんが作ってくれたというこの朝餉はそのままお店に出せそうなくらいおいしいから、箸が止まらなくなるのも分かる。

 私も、おしゃべりを止めてしっかり料理の味をかみしめよう。
 こうして寝床と食事を当たり前に用意してもらえる現状に感謝しなきゃ。


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