よあけまえのキミへ
「さて、本題に入るか……あれから、かぐら屋にも新選組や見廻り組が出入りするようになったらしいじゃねぇか。おめぇにも会いにきたんじゃねぇの?」
田中さんは小さく咳ばらいをして真面目な顔をつくると、鋭い視線をこちらに向けて口をひらいた。
いつも思うけど、こういう話をする時の田中さんはちょっと怖い。
ピリピリして今にも噛みつきそうな、あぶなっかしい雰囲気だ。
「いえ、私は一度も会ってません」
「となると、毎回かぐら屋の店主がやつらの相手をしているのか? 事件に関することはたいして知らないだろうに」
陸奥さんは首をかしげる。
たしかに、雨京さんは水瀬たちのことについてはほとんど何も知らないはずだ。
というより……
「何か知ってても話さないでしょうね、たぶん雨京さんは独自で人を雇ってかすみさんのことを調べてます」
「マジか、新選組には頼んでねぇのか」
「雨京さん、基本的に浪士さんやよそ者が嫌いですから。ながく京に馴染んでいるもの以外はあんまり信用してないです。奉行所の方が話を聞きに来た場合はちゃんと応じると思うんですけど……」
「なるほど、嫌われているのはおれたちだけじゃないのか。分かりやすくていいな」
陸奥さんのつぶやきに、田中さんも口角を上げてにやりと笑う。
「かぐら屋から余計な情報が漏れるコトはそうそうねぇってわけか、ひとまず安心だぜ。おめぇも、水瀬たちに関する話をヨソに流すなよ。あいつらは、オレ達の手で捕まえなきゃならねぇ」
「分かってます。盗まれたものを取り返さなきゃいけませんしね!」
「おう! 他のヤツに先を越されたらそのへんも回収されちまうだろうしな、とりあえずそこんとこを確認しときたかったんだ」
話し合いながら、うんうんと互いに相づちをうつ。
「いずみ屋の女将さんも、無事でいてくれるといいんだがな……あれからハシさんが熱心に探し回ってるよ」
「大橋さんがですか?」
「ハシさんは女将さんと顔なじみだったしな。オレらの仲間だった連中が騒ぎを起こしたわけだし、少なからず気に病んでるみてぇだ……いや、もちろんオレや中岡さんも心配してるし探してはいるんだがよぉ」
そう話す田中さんは、どこか気まずそうな、申しわけなさそうな複雑な表情で言葉を選んでいる。
「田中さんたちのせいじゃないですよ。かすみさんのことは私が必ず探し出します! 一番責任があるのは私ですから!」
あの晩私は、水瀬たちと対峙するかすみさんを置いて、いずみ屋を出た。
かならず助けに戻ると約束して、それっきりだ。
こうなったのは私のせいなんじゃないかと、あれから何度も頭をよぎる。
約束を果たさなきゃいけないんだ。
のんびり寝てる暇なんて本当はない……!