よあけまえのキミへ
「お前のせいというわけでもないだろう、あまり気負いすぎて無茶をするのもよくない」
ぐっと唇を噛んで涙をこらえる私を見て陸奥さんは小さくため息をつき、懐から取り出した手ぬぐいをこちらへ放り投げた。
「子供じゃあるまいし、いちいち泣くな」
「むっちゃんのだから遠慮なく使えよ、ズビッと思いっきり鼻かんでいいぞ」
「……ありがとうございます」
膝の上に落ちた手拭いを拾い上げて、涙をぬぐう。
小さく体を丸めてぐすぐすと鼻をすする私を、二人は静かに見守ってくれている。
そういえば、こうして思っていることを素直にぶつけられる相手は、今のところこの人たちくらいしかいない。
だからなのか、なんだか二人といるとすごく安心する。
「水瀬達と女将さんがまだ一緒にいるかは分かんねぇが、あいつらを捕まえりゃ女将さんの行方も分かるだろうしよ、こっちはこれまで通り連中を追うぜ」
「わかりました、私も雨京さんから何か聞けたら田中さんたちに伝えますね」
「とは言っても、手段がな……当分は外に出られないんだろう? また文のやりとりか?」
陸奥さんは思案するように背を丸めて指で膝をトントンとたたく。
その隣で、田中さんが口をひらいた。
「しばらくはあんま出歩かねぇ方がいいと思うぜ、特にいずみ屋周辺は今ちょっと雰囲気悪いしよぉ……あのへん調べて回るのは難しいかもしれねぇ」
「どういうことですか? あの火事、被害は最小限で済んだんですよね……?」
そういえば、そのあたりのことまでは今まで頭が回らなかった。
あの後同じ組の人たちは元通りお店を再開できているのか。
「あのあたり、最近じゃ新選組や見廻り組がしょっちゅううろついてやがるし、いずみ屋は浪士とモメて火付けにあったって噂が広まって、人通りがほとんどねぇんだよ」
「そんな……」
かすみさんの行方ばかりを心配していた自分の無責任さに今頃気づかされる。
思っていた以上に、たくさんの人たちにあの事件の余波が響いているんだ――。
「そのあたりのことについては、かぐら屋の主人に聞いた方が早いと思う。あまり自分ばかりを責めていても仕方がないことだから、今は深く考えるな」
「そうだぜ、何よりまずは女将さんを見つけだすことだ。何か分かったら知らせるから、しばらくはここで大人しくしてろよ」
田中さんは諭すようにこちらを見つめながら、ポンと私の肩を叩いた。
「……わかりました」
結局、私にできることは今のところ何もない。
そう考えると情けなさのあまり胸が張り裂けそうだ。