流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「これで捺印終わり?」

「はい。ありがとうございました」


経営企画部のポストに投函するために、椅子から立ち上がる。


「帰る?」

「あ・・・捺印が終わったら、経営企画部のポストに投函してほしいと、早川さんに頼まれていて」

「そうか」

「出してきちゃいますね」


フロアの廊下に出たところで立ち止まり、壁を背に寄りかかった。

ふぅーーー。

まるで呼吸を止めていたかのように、大きく息を吐いた。


どうしよう。
もう、ふたりだけの空気に耐えられそうにない。

でも、だからといって、この状態をどうにかするには、何かアクションを起こさなければならないし。


「困ったな・・・」


気持ちの置き所が無い。


ガチャッ。


「どうした、そんなところで」

「きゃっ!」


ドアが開いて、部長が出てきた。


「そんなに驚くなよ。ん? 経企に行ったんじゃなかったのか?」

「あ、今から、今から行ってきます」


寄りかかった姿勢を戻し、上の階に向かおうとした時。


「あの、さ」

「はい」


今度は部長が壁に寄りかかって、何かを言いかけた。

スラックスのポケットに右手を突っ込んだまま、私の方を向いて黙っている。


「部長?」

「あ、ごめん引き留めて」

「いえ・・・じゃ、出してきますね」


部長をその場に残し、私はひとつ上の階に向かった。
無事ポストに投函し、任務終了。


「さーて、帰ろうかな」


誰もいない階段の踊り場で、腕を上げて左右に揺らすと肩がポキポキと鳴った。


ちょっと疲れた。
まだ水曜日・・・週末まで2日あるのに。

帰ってゆっくりしよう。
晩ご飯は・・・スコーンも半分食べたし、何かスープでも作ろう。


席に戻ると、部長の姿は見えなかった。
デスクの上の様子からは、まだ残業しているような雰囲気だった。

さっき、何か言いかけてたけれど・・・。
気にはなったものの、そのまま帰ることにした。


部長の手の感触が、まだ左手に残っている。

帰り道、歩きながら自分の左手に視線を落としながら、部長との会話を思い出す。


あれは・・・。
誰だって勘違いするレベルだよね。

他の人にも、同じようにするんだろうか。
だとしたら、本当に罪な人。

考えながら、ふふふと笑った。


「今日はよく笑うんだな」

「え?」


振り返ると部長がいた。


「歩くのがゆっくりだったから、追いついた」

「あ・・・普段はもう少し早いんですけど、ちょっと考えごとしてて」

「それって・・・あいつのことか?」

「あいつ? あぁ、板谷ですか」

「違うのか?」

「違います」

「考えごとしながら笑うなんて、好きな男のことでも考えてたのかなって」

「えっ?」


私が考えていたのは、部長のこと。
好きな男のこと・・・って。


「部長のこと、考えて・・・ました」
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