流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「ごめん、今なんて言った?」


驚いた顔で、部長が聞き返した。
反応の大きさに、こちらが戸惑う。


もう一度言うか・・・はぐらかすか・・・。


でも、部長相手に駆け引きなんてできるはずがない。


「部長のこと、考えてました」


同じ言葉を繰り返す。


「あ、そう・・・なんだ。えっと・・・」


少し慌てている様子に、なんだか笑えてしまった。


「ふふふ」

「・・・笑うなよ」

「だって・・・ふふ」

「自分から、好きな男のことでも考えてたのか・・・って言った手前、慌てたんだ」


そっ、と手が繋がれた。


ああ。
きゅう・・と胸が締めつけられる。


もう、分かっていたことだ。
気持ちが大きくなるのを、止めていただけ。


けれど、少なくとも私はその先が怖くて、自分の気持ちを表すことができずにいた。


「あの、私、本屋さんに寄って帰るので・・・」


それを聞いた部長は、パッと私の手を離した。


「あ、うん、また明日。お疲れさま」

「お疲れさまです」


プシューーー。


背中越しに自動ドアが閉まる音を感じて、ようやく私は振り返った。

もう、視界に部長はいなかった。


「良かった・・・」


何が良かったのか分からないけれど、思わず口から出た。


このままじゃ、どんどん距離が縮まっていく。

でも、本当はもっと近づきたい。

手が触れただけで、まるで身体が触れたかのように気持ちがざわつく。

それは、初めて手が触れた時から・・・。


油断すると、触れたいという気持ちを含んだ視線を送ってしまいそうになる。


あの彼にも、言われたことがあるのた。

『誘うような顔をしたのは、莉夏の方だろう?』と。


どうしたらいいんだろうか。


直接のフレーズを口にしないまでも、部長の表現は、わりとストレートだと思う。

さっき手を繋がれた時に、その手から、気持ちのこもった甘い痺れを感じた。


でも、今度失敗したら、もう行くところが無い。

同じ職場のまま、それも上司と部下のままなんて耐えられそうにないから。


答えの出ないまま、私は本屋を出て家に帰った。


ちょうど玄関のドアを開けたところでスマホに着信があり、表示されていたのは副社長の名前だった。


「澤田です」

「遅くに申し訳ないね」

「いえ、どうかされましたか?」

「実は、新しい秘書がご実家の都合で1週間休むことになってね」

「そうですか・・・それはお困りですね」

「引き継ぐタイミングも無くて、もし澤田さんに長期休暇の予定が無ければ、明日から来てもらえないかと思って」

「はい。お休みの予定は無いので、上野部長とお話しいただければ」

「分かった。助かるよ。上野くんには僕から連絡しておく。明日の朝、ひとまず副社長室に来てもらえるかな」

「はい。承知いたしました」

「じゃあ」

「失礼いたします」


助かった・・・。
これで少し、クールダウンできそうだ。
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