流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
出勤して、すぐに副社長室に向かった。

ドアをノックしようとしたところで、一瞬思いとどまる。
中から、話し声が聞こえたからだ。


「ほんと勘弁してくださいよ、またですか?」

「うるさいやつだな。しょうがないだろ、他に頼みたい人がいないんだよ」


副社長と部長の声だ。


「・・・だからって。今度はどのぐらいなんですか? 俺もう耐えられないですよ」


耐えられない? 何を?


「おっと、社長から電話だ。とにかく、しばらく我慢しろ」


副社長の電話が終わった頃にノックしようと、ドアの前で様子を伺っていた。

ガチャッ。

部長が副社長室から出てきた。


「おはようございます、部長」


昨日の疲れた様子は、もう見られなかった。
良かった。


「澤田さんのことは、副社長から聞いた。まったく・・・」

「・・・ご迷惑おかけして申し訳ありません」

「あ、いや、澤田さんが悪いわけじゃないからさ」

「そうですけど、1週間不在にするので」

「ん? 1週間?」

「はい・・・副社長からはそう伺いましたけど」


やられた・・・と部長が小声でつぶやく。

耐えられない、とか、やられた、って何のことだろう。


「あの・・・副社長と何かあったんですか?」

「ん? どうして?」

「いえ、ノックしようとしたら、部長がもう耐えられない・・・って聞こえて」

「あー、それは・・・。それより、1週間ずっと副社長室に詰めるのか?」

「ほとんどそうなると、秘書室長に聞いてます」

「そうか」

「でも、16時以降予定が無い時は、IT企画部の仕事もしていいことになっているので、その時は戻りますね」

「予定が分かったら連絡して。ミーティングしながら、一緒にやろう」

「部長のスケジュール、空いてないですよ。自分でやるので大丈夫です」

「調整する。だから、必ず連絡して」


ガチャッ。

社長との電話を終えた副社長が、部屋から出てくる。


「なんだ上野、まだいたのか。諦めの悪いやつだな」

「副社長、絶対に余計なこと言わないでくださいよ」

「分かってるよ、早く戻れ。さぁ、澤田さん入って」


副社長がにこやかに迎えてくれる。


「おはようございます。お電話くださり、ありがとうございました。またご一緒できて光栄です」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。短い間だけど、楽しくやろう」


勝手知ったる業務は、多忙ながらもやはりやりがいがある。

そしてそれだけじゃなく、物理的に部長と距離を置けば、少しクールダウンできる・・・そう考えていたのに。

部長のスケジュールを確認すると、ものの見事に毎日16時の枠だけ空いていた。


本当に調整してくれたんだ。

これじゃ・・・。
逆に日々距離が縮まってしまいそうだ。

思わず苦笑した。
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