流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
部長は本当に、最大限スケジュールを融通してくれた。


「じゃあ、これは明日俺が来客対応するから」

「いいんですか? リスケの提案でも良かったんですけど」

「いや・・・大丈夫。先方への連絡だけ頼める?」

「もちろんです」

「澤田さん」

「はい」

「何か、要望とかあれば聞くけど」

「いえ・・・」

「・・・なんなら、仕事以外でも」

「え?」

「ほんとに、何でも」

「・・・」


どこまでが仕事で、どこからが仕事じゃないのか、戸惑ってしまう。


「ごめん、時間だ。次があるから、また明日」

「・・・はい」


毎日とはいえ、30分はあっという間に過ぎ、
部長は足早にミーティングルームを出る。

優しい言葉は掛けてもらっているはずなのに、置き去りにされたようで、寂しくなる。


そうか、私、寂しいと思ってるんだ。
それって、もっと一緒にいたいということだよね。


部長の言う『要望』に、もっと一緒にいたいです・・・って言ったら、どんな反応をするんだろうか。

まぁ、そんなことは言えないけれど。


「澤田さーん」


ドアの開いたミーティングルームに、早川さんが入ってくる。


「はい」

「マーケティング部の方が、澤田さんにお土産って・・・」


板谷だ。


「それ、いつですか?」

「えと、つい5分くらい前です。もしかして・・・澤田さんの彼ですか?」

「ううん、同期なんです。大阪出張のお土産を・・・って」

「そうだったんだ、カッコイイ人ですね」


ん? カッコイイ?

板谷と部長は、タイプがかなり違うと思うけれど。


「早川さんて、部長のこと・・・」

「あー。もう諦めました」

「え?」

「実は、聞いちゃったんです」

「何を?」

「部長、何年も前から好きな人がいるんですって」


え・・・。
何年も前・・・から?

スッ、と目の前が暗くなる気がした。


「副社長と雑談してるところを通りかかって、聞いてしまったんですよね。それで、もうやめようかなって」

「そう・・・ですか」

「澤田さん?」

「あ、なんでもないです。そうなんだ、部長、そんな人いらしたんですね。あ、私、副社長室に戻りますね」

「はーい、また明日」


思わずトイレに駆け込んだ。
もう、立っていられない気がしたから。

そんな・・・。
何年も前から、って。

だったら、どうして。
どうして・・・。


ポロポロと涙がこぼれた。
次々とこぼれ落ちて、あっという間に、ハンカチに涙のシミが広がった。


近づき過ぎなくて良かった。
今ならまだ、大丈夫。


副社長室の勤務もまだ数日ある。
来週戻るまでには、なんとか気持ちの整理ができるだろうか・・・。


なんとかトイレを出て、顔を伏せながら支度をし、足早にオフィスを後にした。
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