流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
心の中は暗い気持ちのままだったけれど、なんとか副社長室での業務を終えることができた。


「澤田さん、1週間助かったよ」

「こちらこそ、ご一緒できて嬉しかったです」

「俺は澤田さんのままが良かったんだけど、社長が秘書を丸ごと男に変えるっていうもんだからさ」

「そうでしたか」

「社の方針で、これから東南アジアとのやり取りが増えてくるから、同行させるなら男の方が安全だろうってね」

「それは・・・そうかもしれませんね」

「とはいえさぁ、秘書室長、なんとかならないの?」

「副社長、そう仰いましても、これは社長の方針ですし・・・」

「あー、はいはい。澤田さん、いつでも遊びに来て」

「ありがとうございます。副社長の好きな、アレ持ってきますね」

「ん? 澤田さん、副社長の好きなアレとは?」

「それは・・・内緒だよな?」

「はい、内緒ですよね」


それよりも・・・と、前置きして副社長が言った。


「社長より上野だよな。澤田さんを連れてくると、あいつがうるさい」


上野・・・。
ズキッ、と胸が痛む。


「そうですね。そろそろお返ししないと、副社長そのうち刺されますよ」

「ほんとだよな〜」


楽しそうな副社長と秘書室長を横目に、『失礼します』と副社長室を出た。


ぎゅうっと、胸の辺りをつかんで押さえる。
まだ、苦しい・・・。


「莉夏?」


板谷が、書類を片手に目の前に現れた。


「どうした、具合でも悪いのか?」

「あ、うん、大丈夫。そうか、マーケもこのフロアだったね」


私の顔色が悪いのだろうか、板谷が心配そうに見ている。


「板谷、お土産ありがとうね」

「うん」

「板谷、今度また同期で飲もうよ」

「そうだな。声、掛けとくよ。でも、俺はできればーーー」


「澤田さん」


板谷の言葉を、部長が遮った。


「5分後に副社長の来客が1階に着くそうだから、迎えに行ってもらえる?」

「え? はい」

「早川さんが先に行って待ってるから、よろしく頼む」

「承知しました」


エレベーターに向かいながら、小声で板谷と話す。


「莉夏、また連絡するよ」

「うん、待ってる」


ドアの開いたエレベーターに乗り込み、部長と板谷を残して、私は1階に向かう。


今のは、何?
誰が見ても、板谷と私の会話を遮った感じだったけれど。

偶然・・・?
それとも・・・。


1階に着くと、早川さんがゲストカードを持って来客を迎えるところだった。


「あれ? 澤田さんも来客ですか?」


私を見つけて、早川さんが寄ってくる。


「あ、いえ、早川さんと一緒にお迎えするようにと部長が」


それを聞いた早川さんが、んー?と不思議そうな顔をしている。


「そんなこと、ひと言も言われてませんよ。変だなぁ」


早川さんも私も、部長の行動が理解できなかった。
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