流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
部長の強引さに根負けして、私は外に出ることを提案した。

さすがにずっとミーティングルームにいるのは不自然だし、オフィスで口にする話ではないと思ったから。


「部長」

「なんだ」

「外に・・・行きませんか?」

「どうして? ここじゃ話せないようなこと?」


イエスと言ってしまえば、仕事の話ではないと言っているようなものだ。

でも、仕方がない。


「・・・はい」

「そう・・・なのか。そう、なんだ」


私の返事が意外だったのだろうか。
部長の言葉が途切れ途切れになった。


「ごめん。もしかしたら、俺、ものすごく勘違いしてるかもしれない」

「え?」

「ま、いいか、とりあえず出よう。じゃ、10分後にロビーで」


そう言うと、部長は先にミーティングルームを出て行った。


勘違い?

不思議に思いつつ、私もミーティングルームを出て帰り支度をした。


エレベーターでロビーに降りると、部長が先に着いていた。


「どこか、行きたいところある? 澤田さんの話題に合うところで」

「特には無い・・・です」

「じゃあ、ひとまず歩くか」


ビルを出て、駅とは反対側に向かった。
少し歩くと公園がある。


「あの、部長」

「ん?」

「さっきの、勘違いっていうのは・・・」

「あぁ、あれは・・・。それより、澤田さんの話って、何?」

「・・・ちょっと、今は言いづらいです」


お互い核心に触れないまま、並んで歩く距離だけがのびる。


「少し、飲むか。このままだと、ずっと歩き続けることになりそうだから」

「そう・・・ですね」


寄った勢いで話すつもりは無かったけれど、さすがに、お酒の力を少し借りてもいい気がした。


「部長は、どんなお酒が好きなんですか?」

「あの、さ」

「はい?」

「部長って呼ぶの、やめない?」

「え?」

「外だしさ」

「あ、ごめんなさい。気が付かなくて」


確かに、役職をアピールしているようなものだ。


「上野・・・さん。なんだか、呼び慣れないですね」


初めて名前だけを呼んでみると、なんだかくすぐったい感じがした。


「俺の名前呼んで照れるなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ」


そう言って歩き出した背中に向かって、もう一度呼びかける。


「上野さん」


立ち止まった彼は、私の方を振り返らずに大きく息を吐いた。


「ごめん、もういい。部長でいい」

「え?」

「俺が無理」

「上野さん」

「だからもう・・・」


振り返った彼は、驚いたように私の顔をじっと見ていた。


「どうしてそんな顔するんだよ」

「私、どんな顔してますか?」

「切なそうな顔。もう・・・無理」


次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。

かすかにシトラスの香りもして、このシチュエーションにめまいがしそうだった。
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