流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
言ってしまった。
裏を返せば、彼を好きだと言ったようなもの。

私は顔を伏せた。

でも、言いたいことは言えたから。


「莉夏」


え?


「莉夏」


名前を呼ぶ声に驚いて顔を上げると、もう目の前まで彼の顔がきていて、そのまま唇をふさがれた。

きゅう、と胸が切なく鳴った気がした。

あぁ、どうしたらいいんだろう。


短い時間で彼の顔が離れていき、とたんに寂しい気持ちになった。

抱きつきたい。
離れたくない。

カッ、と身体が熱くなる。


でも、ダメなんだ。
これ以上距離を縮めたら、戻れない。

それなのに。


彼が、もう一度近づいてくる。
指が頬に触れ、唇が落ちてくる。


「莉夏」


私は、目を閉じた。

やわらかい感触に、お互い少しずつ力が加わる。

もう・・・戻れない。
分かっていながら、私は彼の背中に手を回した。


彼は唇を離すと、『一緒に来て』と私の手を引き、通りに出た。


「あの・・・上野さん?」


手を上げ、タクシーを停める。


「莉夏、乗って」


私を先に乗せ、隣に上野さんが座った。


20分ほど走っただろうか。
タクシーを停め、支払いを済ませた彼の後について降りる。


「ここ・・・は?」


そう尋ねた私に、上野さんが反対側の通りのマンションを指差す。


「あそこ、俺の家」

「えっ?」

「いろいろ考えたんだけど、他のどこにも、連れて行きたくなくて」

「あの・・・意味が分からない」

「・・・そばにいたいんだ。一晩中」

「だからそれは・・・」

「行こう。続きは家で話す」


エレベーターに乗り、5階で降りた。
彼がカギを開け、ドアを開けた。


「どうぞ。散らかってるけど」

「・・・おじゃまします」


先にリビングに向かった彼は、脱いだジャケットとカバンを、ソファに置いた。


「何飲む? だいたい何でもあるけど。冷蔵庫、見る?」

「はい」


冷蔵庫をのぞくと、アルコールやソフトドリンクくらいしか入っていなかった。


「料理はほとんどしないから、飲み物とツマミしか無いけど・・・そうだ、これ開けるか」


キラキラとした気泡が浮かぶ瓶があった。
シャンパン、かな?


「莉夏、そこの棚からグラスふたつ出してくれる?」

「あ、はい」


シュワッ、と控えめな音と、さわやかな香りが漂う。


「莉夏、お酒は強い?」

「普通・・・です」

「じゃあ、カンパイ」


キッチンのカウンターに寄りかかったまま、グラスを合わせる。


「莉夏」

「さっきから・・・名前呼び過ぎですって」

「ずっと・・・呼びたかったんだ」

「え?」

「俺はずっと呼べなかったのに、あいつは俺の前でサラッと呼ぶだろ? イラッとした」


板谷のことだ。


「でも、もうそんなのどうでもいいんだ」


『莉夏』とつぶやいて、彼は私をそっと抱き締めた。
< 20 / 54 >

この作品をシェア

pagetop