流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「上野、ちょっと時間あるか?」

「はい」


常務に呼ばれ、俺は後についてミーティングルームに入った。


「来月、副社長に昇格することになった」

「えっ! 常務、おめでとうございます」

「ハハ、ありがとう。そこでだ」

「はい」

「澤田さん、もらっていいか?」

「え・・・」


思いもよらない発言で、答えに詰まる。


「ま、そういう反応すると思ったよ」

「え? それはどういう・・・」

「おまえとは長い付き合いだからな。俺が気付いていないとでも?」


何を・・・だ?
もしかして、俺が彼女を好きだと・・・。


「おまえ、澤田さんを気に入ってるんだろう?」

「いや、そんな・・・ことは」

「ないのか?」

「・・・あります」


ワハハハと、常務は楽しそうに笑う。


「やっぱりな」

「・・・でも、どうしてそれを?」

「どうしてって、それは・・・俺の口からは、恥ずかしくて言えないな」

「常務、からかわないでくださいよ」


なぜバレるんだ?

そもそも、ふたりで外を歩いたことだって一度も無いし、社内でもふたりだけで話すことはほとんど無いはず・・・。


「上野、悪いが、澤田さんは俺の秘書として連れていくよ。良く気が利くし、話をしていると明るい気分になれるからな」

「はい・・・」


これまでだって、常務の方が彼女の近くにいた。
ふたりがいろいろな話をしているのを、よく目にしていた。

ニコニコと笑いながら話す彼女を見るたびに、なんだか、常務に嫉妬しているような気さえしていた。

とはいえ、副社長室はフロアも違うし、担当する職務も変わる。
その秘書ともなれば、ほとんど会う機会が無くなるかもしれない。


「なんだ、難しい顔して。俺に会えなくなって寂しいか?」

「いえ、それは」

「ハハ、そこはハッキリ言うんだな。澤田さんには、まだ何もアプローチしてないのか?」

「・・・はい」

「そうか、まだ癒えないのか・・・」


常務が、窓の外を眺めながら言った。

そう、この人は知っている。
俺の苦しい過去を。


「怖いのか?」

「・・・情けないですけど、また同じことになるんじゃないかと」

「そう・・・だなぁ」

「近くにいて、何もできずにモヤモヤするくらいなら、少し、距離を置いた方がいいかもしれないです」

「上野」

「はい」

「悪い虫が付かないように、俺が見張っとくから、ちゃんと気持ちの整理しておけよ」

「え?」

「世話の焼けるやつだな、まったく」

「・・・はい」


気持ちの整理・・・か。


彼女を名前で呼びたい。
やわらかそうな頬に触れたい。

そんな想いは膨らむばかりなのに、俺は相変わらず、一歩を踏み出せないでいた。
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