流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
ベトナムでの半年は、あっという間に過ぎた。

会社設立の手続き、物件の確保、ネットワーク環境の構築、現地での採用・・・。

目の回る忙しさだった。


当然、過去の出来事を振り返る暇なんて無く、ベトナムの民族服であるアオザイが似合う女性を見掛けては、彼女を思い浮かべていた。


元気にしているだろうか。

彼女には、きっとブルーのアオザイが似合うだろうな。
いつか連れて来て、アオザイを作ってやりたい。


とはいえ、ベトナムで過ごすにつれて、分かったことがある。

今を、見るべきなのだということ。

目の前で起こっていることが、現実であり、事実なのだ。

過去は過去、未来は未来だ。

とらわれたり、こだわり過ぎると、物事が上手く進まない。


それは何も、ベトナムで合弁会社を立ち上げることだけに必要なものではなかった。

普段も、俺自身も、それで良かったのだ。


「上野、元気そうじゃないか」


聞き慣れた大きな声に、声のする方向に視線を向ける。


「副社長、お久しぶりです!」

「うん。だいぶ形になってきたと聞いて、見に来たよ」

「オフィス、案内しますよ」

「ああ、頼む。帰ったら、社長にいろいろ説明しないといけないからな」


オフィスを案内し、現地の担当者を紹介した後、副社長をホテルに送り届けた。


「上野、少し飲むか。時間あるだろ?」

「はい」


ふたりでホテルの最上階にあるバーに向かった。


「だいぶスッキリした顔をしてるようだが、少しは気持ちに整理がついたのか?」


まったく、この人はすべてお見通しなのか?


「副社長、俺のこと愛してますよね〜。何でも分かってる」


ククッ、と笑って副社長がグラスを空ける。


「心配なんだよ。お前も、澤田さんも」


え? 彼女・・・も?


「俺はともかく、彼女もってどういうことですか?」

「詳しく聞いたわけじゃないんだが、どうやら彼女も、過去の恋愛でかなり傷ついたみたいだな」

「え?」

「俺が目を光らせているとはいえ、当然、彼女に言い寄ってくる男はいるわけだよ。でも、彼女は誰も近づけない。そんなそぶりは見せないが、よっぽど大切な人がいるか、恋愛を遠ざけているかのどちらかだと思うだろう?」

「まぁ、そうですね」

「で、ある時、たまたま話の流れで聞く機会があって。そしたら、過去の恋愛で自信を無くしてしまった・・・って」


自信を、無くした・・・。


「変な男に引っ掛かったんだろうな。俺はそれなりに人を見る目もあると思うが、彼女は裏表も無いし、信頼できる素敵な女性だ。おまえ、何とかしてやれよ」

「え? 俺ですか?」

「他の男に持って行かれてもいいのか?」


それは、絶対に嫌だ。
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