流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
社長への報告会と称して、副社長が帰国してすぐに、俺も数日だけ日本に戻った。


「話を聞いたら、彼女に会いたくなったろう?」

「副社長、完全に面白がってますよね?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。俺は・・・ふたりに幸せになってもらいたいんだよ」

「副社長も、相当のお人好しですよね」


『まぁな』と言って、副社長は社長室のドアを開けた。

副社長室には、その日は不在だったはずの彼女がいた。


「おふたりとも、お疲れさまでした。そろそろお戻りになるかと、お茶を」

「あぁ、ありがとう。アレ、買って来てくれた?」

「はい、執務室にご用意しています」

「上野、おまえも来い」

「え? あ、はい」


クスクスと彼女が笑っている。

中に入ると、フワッとコーヒーのいい香りと、あまり見掛けない形のケーキが置いてあった。


「おっ、美味そう美味そう」

「副社長、相変わらずケーキ好きですね」

「ここのモンブラン美味いんだよ。彼女が見つけてきてくれて」

「へぇ」

「若かったら、俺が彼女をモノにしたのになぁ」

「なんですか、それ」

「おまえにすら、もったいない気がしてきた。それはそうと、今夜晩メシ行くからな。3人で」

「え? 3人?」

「そう、彼女と3人で。いきなりふたりは、おまえたち無理だろ。感謝しろよ」

「・・・はい」


本当に、面倒見のいいオッサンだ。

どういうわけか俺を気に入って、ずっと近くに置いてくれている。


コンコンコン。

彼女が入ってくる。


「副社長、そろそろ次の会議のお時間です」

「お、もうそんな時間か」

「いつものフォルダに資料を入れておりますので、このタブレットをお持ちください」

「ああ、ありがとう。じゃ上野、また夕方」

「はい」


副社長室にふたりが残され、彼女も出て行こうとした時に、俺は呼び止めた。


「澤田さん」

「はい?」

「これ」


俺はジャケットの内ポケットから、アオザイの生地で作られた小さなポーチを取り出し、彼女に渡した。


「これ・・・は?」

「旅守のお礼に。向こうの市場で買ったんだ」

「私に、ですか?」

「もちろん」

「綺麗な刺繍。ありがとうございます。大事にします」


その嬉しそうな顔に、しばらく見惚れてしまった・・・。

こんな表情が見れるなら、過去のことなんてもうどうでもいいような気がした。


「部長、18時にエントランスからタクシーでお店まで行きますので、少し前に降りてきてくださいね」

「うん・・・ところで、今日休みだって聞いたけど」

「あ、そうなんです。でも副社長から、部長がいらっしゃると伺って、夕食をご一緒にとのことだったので、半日返上してしまいました」


俺の・・・ため?
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