流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
気取らない和食屋で、副社長が昔話をおもしろおかしく話すものだから、彼女は終始ご機嫌で、時折涙を流して笑っていた。


「おふたりとも、すごすぎます!」

「俺たちは武勇伝に事欠かないよなぁ、上野」

「そうですね、ほんといろいろありましたよね」

「過ぎてしまえば、何だっていい思い出だよ」

「えっ?」


副社長の言葉に、彼女が反応する。


「思わぬタイミングで病気になったり、新しい事業がまったく上手くいかなかったことだってある。でも、今こうして笑っていられるんだ
。シンプルに、それでいいと思わないか?」


そう言うと、『社長から電話だ』と常務は席を立った。

ふと彼女を見ると、少し曇った表情をしていた。


「どうした? 何か過ぎてほしい悩みでも?」


それを聞いた彼女は、ハッとして俺の顔を見る。


「あ、いえ。何でもいい思い出だと考えられるなんて、やっぱり副社長は素敵な人だなと思って」

「それ絶対本人に言わないでよ。自慢して歩くからね」

「私が言うことなんて、本気にされませんよ。・・・ところで、もしあったらでいいんですけど、部長が撮った現地の写真があったら、見せていただきたいなと思って」

「いいよ。いろいろあるけど、どういうのがいい?」


スマホを取り出して、画面をスクロールしてみせる。


「あ、このドンスアン市場の写真と、ハロン湾の写真がほしいです。いただいたポーチも、ドンスアン市場で?」

「そう。写真、社用のアカウントに送っておくから」

「ありがとうございます。PCの壁紙にします。いつか、実際に行ってみたいですね」

「こないだ、副社長について来れば良かったのに」

「そうなんですけど・・・プライベートで行きたいので、ガマンしました」


プライベート・・・俺が連れて行ってやりたい。
できることなら。


「なんだ、俺がいないのにずいぶん楽しそうじゃないか」


副社長がニヤリとしながら戻ってきた。


「社長、何か急なご用でしたか? スケジュール調整が必要なら、すぐやりますが」


彼女がバッグからタブレットを取り出す。


「いや、大丈夫だ。懇意にしている取引先と飲んでるから、少し顔を出してほしいって」

「そうなんですね。タクシー呼んでもらいましょうか」

「うん、頼むよ」


電話をするため、彼女が外に出たのを確認して副社長は俺に言った。


「3ヶ月後におまえをベトナムから本社に戻す。おそらく、それと同じくらいの時期に、彼女も部署に戻ることになるはずだ」

「え? どういうことですか」

「社長が、次の組織改変で役員編成も見直すと言っている。そのタイミングで、秘書も全員入れ替わる」

「そう・・なんですね」

「あとはおまえ次第だ。もう、気持ちの整理もついたんだろう?」

「はい。ベトナムに行って、いろいろ学びましたから」

「さすが俺。相変わらず勘がいい。おまえをベトナムに行かせたのは正解だったな。結婚式には呼べよ」


気が早いよ・・・。
上機嫌の常務を見ながら、俺は苦笑いした。
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