流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
ぼんやりと、彼女の横顔を眺める。

俺の席と彼女の席は、近くもなく遠くもなく、眺めていても気付かれない距離だろう。


俺もコーヒーを飲みながら、会議資料をめくっていた。
うちの部で残っているのは、もう彼女と俺のふたりだけだから、彼女が帰るまで待つことにした。


「部長、お先に失礼します」

「あぁ、お疲れさま」


席に座ったまま、彼女を見上げた。
少し、疲れた表情だろうか。


「あ、コーヒーとスコーン、ごちそうさまでした」


食べているようには、見えなかったが・・・。


「スコーン、食べたか?」


もしかして、ミックスベリーが口に合わなかったのかと思い尋ねると、少し間があって、違う答えが返ってきた。


「・・・この時間に食べたら、晩ご飯食べれなくなりそうで、まだ・・・」

「あ、そうか。ごめん」


そういえば、時間帯をあまり考えてなかった。


「いえ、私もごめんなさい。本当は違うんです」


違う? どういうことだ?


「食べたいんですけど、スコーンも晩ご飯もどっちも・・・か、スコーン食べたから晩ご飯やめよう、になりそうだな〜って」

「アハハ、複雑だな。でも余計なことしたか、ごめん。コーヒーのお返しに、コーヒーだけっていうのもさ」


それは本音だった。

プラスで何かしてあげたいと考えた時に、カフェでパッと頭に浮かんだのがスコーンだったからだ。


「あの、私、スコーン好きなので、嬉しかったです」

「そう・・・だよな。新商品て書いてあったから、俺もつい」


彼女は、あまり自分の考えを主張しない。
意見を持っていないわけではなく、じっくり聞かないと出てこないのだ。

副社長は、そのあたりの扱いが格段に上手かった。
だから、彼女を活かすことができたのだろう。


「じゃあ今度は・・・さ」

「え?」

「スコーンじゃなくて、晩メシ行こうか」

「ご飯・・・ですか?」


彼女は、俺の誘いをどう受け取るのだろう。
いくら鈍感でも、さすがに気付くか?

とはいえ、戸惑いを隠しきれない彼女に、俺も目を伏せた。


「気を付けて帰れよ」


他に適当な言葉も見つからず、そう言って俺は書類に視線を戻した。


彼女が帰ったすぐ後、俺もオフィスを出た。

少し先を、彼女が男と並んで歩いているのが見えた。
誰だ・・・?


駅が近くなり、彼女は地下鉄側に降りて行ったようだった。


「あ、おい、莉夏!」


男が彼女を呼ぶ声を聞いて、俺は身体が熱くなった。

莉夏・・・確かにそう聞こえた。

親しそうにも話していたし、もしかして、あいつは彼女の・・・。

だとしたら、俺が晩メシに誘った時に戸惑っていたことにも理由がつく。

なんだ、そういうことだったのか。
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