流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
彼女とのことを悩む時間が無いほど、面談後の俺は仕事に追われていた。

IT全体の年間予算を計画を立てる時期になり、各部署との予算決めや役員への説明、その報告資料の作成と、うんざりするほどだった。

とはいえ、彼女のフォローはしてやりたかった。


「澤田さん」

「はい。おはようございます、部長」

「こないだの面談の件、経過が聞きたいから来週また時間取って」

「はい」

「俺のスケジュール見て、ミーティングルームも抑えといてくれると助かる」

「・・・承知しました」

「じゃ、よろしく」


もう少し何か言葉をかけたかったが、時間に追われていて、それだけで精一杯だった。


その日、席に戻ったのは定時を過ぎてからだった。

ドッと疲れが押し寄せて、一度座った椅子から、立ち上がるのも億劫だった。


「おい上野、大丈夫か? 目が据わってるぞ」


副社長が呆れたように言う。


「いやー、さすがに今日は疲れました。なんとか方針は見えたので、山は越えたと思っていますが・・・」


力なく笑って見せた。


「予算承認が済んだら、寿司食いに行こう。いい店、見つけといたから」

「はい」

「じゃあな」


副社長の励ましも、この状況じゃ効果薄だな・・・。
さて、何から手を付けようか。


ため息とともにパソコンの画面を開いた時だった。


「これ、良かったらどうぞ」


彼女が、俺のデスクにコーヒーを置く。
思わず彼女を見上げた。


「いないから、もう帰ったのかと思ったよ」


もう自制も効かず、思ったことをそのまま口にした。


「少し、休憩しませんか? これ、ほんのり甘くて美味しいので、食べてください」


彼女が紙袋を差し出す。
少し前に、逆のシチュエーションがあったことをぼんやりと思い出す。


「ありがとう。ところで、俺に何か用があって残ってた?」

「あ、はい・・・早川さんが、承認の捺印が溜まってるので、処理していただきたいと」


無意味に期待した自分を、心の中で笑う。

とはいえ、こうして彼女と向き合っているだけでも、なんだか癒される気がした。


「あー、そうか。ここ何日か、まったくできてなくて。預かった?」

「はい」

「今やるから、持ってきてくれる?」


彼女は書類を持ってきたものの、なんだか躊躇しているように見えた。

どうしたんだ?


「あの・・・やっぱり明日にしましょうか?」

「え?」

「すごく疲れてそうだから・・・」


そう口にして、彼女は目を伏せた。

そんな彼女を見て、気持ちが揺れた。

触れたい。
今すぐ、触れたい。
衝動が抑えられない。

俺の右手が彼女の左手をつかんだ。


驚いた彼女は、一気に顔が赤くなった。
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