流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
俺の目の前には『秘書』の彼女が立っていた。


「澤田さんのことは、副社長から聞いた。まったく・・・」

「・・・ご迷惑おかけして申し訳ありません」


彼女が頭を下げる。
そんなつもりで言ったんじゃなかった。


「あ、いや、澤田さんが悪いわけじゃないからさ」

「そうですけど、1週間不在にするので」

「ん? 1週間?」

「はい・・・副社長からはそう伺いましたけど」


やられた・・・。

心の中でつぶやいたつもりが声に出て、彼女が不思議そうな顔をする。


「あの・・・副社長と何かあったんですか?」

「ん? どうして?」

「いえ、ノックしようとしたら、部長がもう耐えられない・・・って聞こえて」


聞かれてたのか。
他に余計なことを、口走っていなかっただろうか。

それより、1週間だったなんて・・・。
とんだ早とちりだった。


「あー、それは・・・。それより、1週間ずっと副社長室に詰めるのか?」

「ほとんどそうなると、秘書室長に聞いてます」

「そうか」

「でも、16時以降予定が無い時は、IT企画部の仕事もしていいことになっているので、その時は戻りますね」


彼女がニッコリ笑う。

その笑顔を見て思った。
取り上げられたわけじゃなかったんだ・・・。

だったら、俺のできることをするだけだ。


「予定が分かったら連絡して。ミーティングしながら、一緒にやろう」

「部長のスケジュール、空いてないですよ。自分でやるので大丈夫です」

「調整する。だから、必ず連絡して」


ガチャッ。


「なんだ上野、まだいたのか。諦めの悪いやつだな」


社長との電話を終えた副社長が部屋から出てくる。


「副社長、絶対に余計なこと言わないでくださいよ」

「分かってるよ、早く戻れ。さぁ、澤田さん入って」


副社長がにこやかに彼女を迎え入れ、ドアを閉めた。


俺は急いでデスクに戻り、すぐに1週間分の16時枠のスケジュールを調整をした。

もう、これ以上彼女と物理的な距離を置きたくない。
そう考えていた。


副社長が融通してくれたのか、彼女は毎日16時になると、階上のフロアから降りてきた。


「じゃあ、これは明日俺が来客対応するから」

「いいんですか? リスケの提案でも良かったんですけど」

「いや・・・大丈夫。先方への連絡だけ頼める?」

「もちろんです」

「澤田さん」

「はい」

「何か、要望とかあれば聞くけど」

「いえ・・・」

「・・・なんなら、仕事以外でも」

「え?」

「ほんとに、何でも」

「・・・」


自分で言いながら、どこまでが上司で、どこからが上司じゃないのか、正直分からなかった。


ふと時計を見ると、終わりの時間を指している。
さすがに、いくつもの時間枠を全て空けることはできなかった。


「ごめん、時間だ。次があるから、また明日」

「・・・はい」


毎日とはいえ、30分はあっという間だ。
もう少し、ゆっくり話していたいのに。

後ろ髪を引かれつつ、今日も彼女を残してミーティングルームを先に出た。
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