流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
ランチを終え、早川さんは書類の引き取りがあるからと、ひと足先にオフィスに戻った。

食後にコーヒーを飲む習慣のある私は、いつも通り、地下街の角にあるカフェに寄る。

レジの前に並んでいると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「澤田さん、ごめん!」

「はい?」

「おんなじの。俺の分もお願い!」

「え? 部長、おんなじって・・・」

「頼むね!」


そう言うと、電話で話しながら忙しなくカフェを出て行った。


おんなじの・・・って。


私が何を頼むのか知っているの?
サイズは? お砂糖やミルクは?

部長の好みが分からない。

でも、おんなじのって言ってた・・・。


「次にお並びの方どうぞー」

「あ、えっと、アメリカンのミディアムサイズふたつください」

「お砂糖とミルクは、お付けしますか?」

「無しでお願いします」


カウンターで受け取り、両手にカップを持ちながらオフィスに戻る。


ちょっと気まずい・・・。

早川さんの話を聞いたすぐ後に、部長にコーヒーを持って行くのもどうかと思った。
そんなつもりは無いのに、誤解されそうだ。


どうしようかと考えながらフロアの廊下を歩いていると、ちょうどドアが開いて部長が出てきた。


「ありがとう、もらうね」


私の手から、ひとつカップを持ち上げた。


「中身、確かめなくていいんですか?」

「ん? アメリカンのブラックだろ?」


そうだけど。合ってるけど・・・。


「どうして分かるんですか?」

「どうしてって・・・」


私は答えを待つ。


「どうしてだと思う?」


逆に質問された。
なんだか、ずるい。


「・・・もういいです。失礼します」


部長の反応も見ずに、足早にその場から離れた。

デスクに戻り、コーヒーをひと口飲む。


『どうしてだと思う?』


あの時、部長はどんな答えを期待していたんだろうか・・・。

なんだか、毎回思わせぶりで。
最初の日だって何か言いかけて、そのままにして。


上野 航平(こうへい)。
確かあと1、2年で40歳だと、副社長室で聞いた気がする。

そういえば、そのくらいしか知らなかった。

年齢のことだって、副社長が話しているのをたまたま耳にしただけで・・・。

ぼんやり考えていると、あっという間に時間が過ぎて行く。


「いけない、いけない。15時までの資料を仕上げなきゃ」


自分に言い聞かせるようにして、ノートパソコンのキーボードを鳴らした。


その日は、夕方の時間帯に急遽ミーティングが入り、終わったのは18時半過ぎだった。


「はい、お昼のお返し」


後ろから、コトン、とコーヒーのカップが置かれた。


「え?」

「それと、こっちはスコーン」


カサッと紙袋の音がした。


「あ、あの・・・部長、これ・・・」

「残業禁止な、早く帰れよ」


それだけ言うと、部長は自分の席に戻って行った。
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