流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
副社長の用件を強引に終わらせ、俺は、今日これ以降のミーティングを『急用のため』として、全てキャンセルした。


急用・・・なのだ。俺にとっては。


心の中でつぶやいて、彼女を残したミーティングルームに向かった。


「出ていくな」

「え?」


部屋から出ようとした彼女を引き止めた。


「副社長との用は済んだ。後ろのミーティングは全部キャンセルした」

「ええっ?」


驚いた顔の彼女に、さらに言う。


「だから、出ていくな。福岡出張後なんて、無理だ」

「はい?」

「聞くまでは、福岡に行かない」

「えっ? あの・・・仰っているいる意味が・・・」

「澤田さんが思ってること言うまで、このミーティングは終わらないから」


自分でも、おかしなことを言っているのは分かっている。

もう、上司の線引きは完全に越えていた。
わがままを言っている子供と同レベルだ。


「でも・・・ずっとここにふたりでいたら変ですよ」

「そう思うなら、早く終わらせればいいだけだろう?」

「そんな・・・」


そう言うと、彼女は目を伏せて黙り込んでしまった。

5分ほどそうした後に、彼女は顔を上げた。


「部長」

「なんだ」

「外に・・・行きませんか?」


意外だった。
いったい、何を言い出せないでいるのだろうか。


「どうして? ここじゃ話せないようなこと?」

「・・・はい」

「そう・・・なのか。そう、なんだ」


やっぱり、あいつの話なんだろう。


「ごめん。もしかしたら、俺、ものすごく勘違いしてるかもしれない」

「え?」


さすがに、恥ずかしくなった。

どこかで。
心のどこかで。
俺のことを、好きでいてくれるんじゃないかと期待していた。

さっきまでの急いた気持ちが、一気に冷めた。


「ま、いいか、とりあえず出よう。じゃ、10分後にロビーで」


俺は先にミーティングルームを出た。


「どこか、行きたいところある? 澤田さんの話題に合うところで」


ロビーに降りてきた彼女に尋ねる。


「無い・・・です」

「じゃあ、ひとまず歩くか」


ビルを出て、駅とは反対側に向かった。
少し歩くと公園がある。


「あの、部長」

「ん?」

「さっきの、勘違いっていうのは・・・」

「あぁ、あれは・・・。それより、澤田さんの話って、何?」

「・・・ちょっと、今は言いづらいです」


お互い核心に触れないまま、並んで歩く距離だけがのびていく。

沈黙が苦しくなり、もう社外に出たこともあって、酒の力を借りようと思った。


「少し、飲むか。このままだと、ずっと歩き続けることになりそうだから」

「そう・・・ですね」


彼女も苦笑した。


「部長は、どんなお酒が好きなんですか?」

「あの、さ」

「はい?」


ふと、上司の線引きを彼女にも外してほしくなった。
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