流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「いや・・・おそらく、何か勘違いを・・・いや、俺もか・・・。何から話せばいいんだ」


どうしたらいい・・・んだ。

俺は右手を口にあてて、必死に考えを巡らせた。

そんな俺をよそに、彼女が近くのベンチに座って突然話し始めた。


「私が前にお付き合いした人には、結婚を約束した相手がいたんです。でも、私は知らなかった」

「えっ?」

「ひと言の謝罪もありませんでした。それどころか、『誘うような顔をしたのは、莉夏の方だろう?』って」

「そんな・・・」


かける言葉も見つからない。


「さっき上野さんに、どんな顔をしてるか・・・って聞いたのは、もしかしたら、その時と同じ顔をしていたのかなって」


絶対に違う。
そんなんじゃない。


「誘うような顔、してましたか?」


俺は、首を横に振った。


「だから抱き締めたんじゃないですか?」


冷静に彼女が言う。


「そうじゃない!」


俺は声を荒げて必死に否定した。


「そうじゃない・・・ただ・・・」

「ただ?」

「俺が触れたくて、本当にそれだけで、気付いたら・・・」

「でも、ダメなんです」

「ダメ?」


何・・・が、ダメなんだよ。


「大切に思ってる人がいるなら・・・ダメですよ」

「だからそれは・・・」


狼狽える俺に、彼女は驚くほど穏やかな顔で言った。


「あんな思いするのは、一度でたくさん。これ以上・・・これ以上、あなたを好きにさせないでください」



俺の聞き間違いじゃなければ。

いま彼女が口にした言葉は・・・。


俺も、覚悟を決めた。



「莉夏」


俺は、彼女を名前で呼んだ。


「莉夏」


もう一度、呼んだ。

そして俺は、自分の唇を彼女の唇に落とした。


すぐに離れたものの、彼女に触れていたくて、頬に指をのばした。

そしてもう一度、彼女に唇を寄せる。


「莉夏」


重ねる唇に、少しずつ熱が加わる。

それが伝わったのか、彼女は俺の背中に、静かに手を回した。


俺は唇を離し、彼女の手を引いて通りに出る。


「あの・・・上野さん?」


彼女の問いかけには答えずに、手を上げ、タクシーを停めた。


「莉夏、乗って」


彼女を先に乗せ、俺は隣に座った。
運転手に告げた行き先は、俺のマンションの近くだった。


「ここ・・・は?」


降りた先で、彼女が俺に尋ねる。

俺は反対側の通りのマンションを指差し、答えた。


「あそこ、俺の家」

「えっ?」

「いろいろ考えたんだけど、他のどこにも、連れて行きたくなくて」


彼女の誤解を解くためにも、俺は自分の家に連れて行くのが一番いいんじゃないかと思った。


「あの・・・意味が分からない」


戸惑う彼女に、俺はストレートに告げる。


「・・・そばにいたいんだ。一晩中」
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