流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「だからそれは・・・」

「行こう。続きは家で話す」


マンションのエレベーターに乗り、5階で降りた。
カギを開け、ドアを開ける。


「どうぞ。散らかってるけど」

「・・・おじゃまします」


先にリビングに向かい、脱いだジャケットとカバンを、ソファに置いた。


「何飲む? だいたい何でもあるけど。冷蔵庫、見る?」


すぐに本題に入るのもどうかと思い、彼女に飲み物をすすめる。


「はい」


冷蔵庫をのぞく彼女の後ろで、中身を物色した。


「料理はほとんどしないから、飲み物とツマミしか無いけど・・・そうだ、これ開けるか」


少し前に、同期の結婚式の二次会で当てたシャンパンが目に入った。


「莉夏、そこの棚からグラスふたつ出してくれる?」

「あ、はい」


栓を抜くと、シュワッと控えめな音と、さわやかな香りが漂った。


「莉夏、お酒は強い?」


グラスに注ぎながら尋ねた。


「普通・・・です」

「じゃあ、カンパイ」


キッチンのカウンターに寄りかかったまま、グラスを合わせる。


「莉夏」

「さっきから・・・名前呼び過ぎですって」


間接灯に照らされた彼女の頬が赤かった。
さすがにまだ、シャンパンのせいではないだろう。


「ずっと・・・呼びたかったんだ」

「え?」

「俺はずっと呼べなかったのに、あいつは俺の前でサラッと呼ぶだろ? イラッとした」


彼女がフッと微笑んだ。


「でも、もうそんなのどうでもいいんだ」


『莉夏』とつぶやいて、俺は彼女を引き寄せた。


「まずは、莉夏の誤解をとかないとな・・・」


腕の中にいる彼女の後頭部を、サラサラとなでながら言った。


「『何年も前から好きな人がいる』っていうのは、いつ、誰に聞いた?」

「少し前に、副社長と上野さんが話してるところを、早川さんが聞いたって。それで私に教えてくれて」


なるほど、そういうことか。


「あぁ、またなんだ・・・って思った」

「え?」

「どうして私は、一番大切な人になれないんだろう」


彼女の瞳から、涙がこぼれた。


「莉夏・・・莉夏が泣いてるのは、俺の一番大切な人になりたかったから?」


彼女がうなずく。


「ね、莉夏」

「はい」

「俺の名前も呼んでくれる?」

「航・・・平」


彼女の声が、俺の名前を呼ぶ。

俺は、彼女を抱く腕に力をこめた。


「莉夏、よく聞いて。俺の一番大切な人は、莉夏なんだよ」

「え?」

「莉夏が聞いた、『何年も前から好きな人がいる』っていうのは、莉夏のことなんだ」

「え・・・よく分からない・・・だって、何年も前からって」

「そう・・・だよ。莉夏が副社長の秘書になる前から」


気が付けば、彼女を想うようになって2年が過ぎていた。

それを副社長にからかわれていたところを、おそらく早川さんが耳にしたのだろう。


何年も・・・というワードが、彼女を苦しめていたのか。
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