流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
副社長から、久しぶりにケーキの差し入れが欲しいと連絡があり、私は15時より少し前に副社長室に向かった。


ちょうど社長室から、副社長と彼が出てきた。
ふたり揃って、何だろう?

ふたりは、廊下で立ち話をしている。


「・・・来月から」

「準備を・・・」


断片的に聞こえてくるものの、内容はよく分からない。

ふたりの会話はすぐには終わらず、私は先に副社長室に入った。

そこから3分ほどして、副社長が入ってきた。


「澤田さん。悪いね、急に頼んで」

「いえ、お声がけくださって嬉しいです」


『どんなケーキかな?』と嬉しそうに箱を開けた後、副社長は私を見て言った。


「澤田さん、またここに戻って来ないか?」

「・・・え? それはどういう・・・」

「まだ内示の、さらに前の段階だから誰にも言わないでもらいたいんだが」

「・・・はい」

「上野には、またベトナムに行ってもらうことになった。それも、かなり長期で」




言葉が出なかった。
それどころか、頭が真っ白になる。



ベトナム・・・長期・・・そんな・・・。



「そのタイミングで、澤田さんにも秘書室に戻ってきてもらいたいと考えていてね」


ニコニコと美味しそうにケーキを頬張る副社長を尻目に、私は副社長を出た。


腕時計で時間を確かめると、15時半を指している。

定時まであと1時間半・・・。
とても仕事ができる心理状態ではない。


席に戻って周りを見渡しても、彼はいなかった。

スケジュールを確認すると非公開の予定で埋まっていて、話ができそうな隙間は無い。


私は副部長と早川さんに、『実家の都合で急用が入り、午後休に切り替えてこのまま帰る』と伝えた。

業務に支障は無かったため、すぐに承認をもらいオフィスを出た。


近くの映画館に入り、すぐに上映の始まりそうな映画のチケットを買って席に座る。

映画の内容は何でも良かった。

ぼんやりと視界には入れつつ、少し前に聞いたことを思い出していた。


ベトナム・・・。

かなり長期で、ということは3年くらいだろうか。


どんなにSNSやインターネットが普及したといっても、触れることだけはできない。


会社を辞めて、ついていく?

でも、そんなの喜ぶだろうか。


別れるわけではないのだから、大げさに考えすぎなのか・・・。


航平は、どうなんだろう。

仕事なんだから、仕方のないことだと思っているのかな。


寂しく・・・ないのかな。
寂しいのは、私だけなのかな。


まったく泣ける要素の無い映画の前で、私はひとりポロポロと涙をこぼしていた。


映画が終わってからも、今夜は彼と同じベッドにいることが辛い気がして、私は実家に向かった。
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