流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「ルナ、ただいま〜」

私が玄関に入り声をかけると、リビングから猛スピードで駆け寄ってきて、ちぎれんばかりに尻尾を振って迎えてくれた。

母もキッチンから出てくる。


「どうしたの? 珍しいわね」

「うん、ちょっとね」

「もうすぐお父さんも帰ってくるし、先に飲み始める? 美味しそうなチーズの詰め合わせ、もらったのよ」

「そうなんだ、手洗ってくるね」


重苦しい気持ちで実家に向かってはいたものの、母の明るい雰囲気に気持ちが安らぐ。

たわいもない話をしていると、母のスマホに電話が入った。


「え? あ、そうなの・・・私は構わないけど、莉夏もいるのよ」


お客様、だろうか。
電話をしている母に向けて、『私は帰る』と口パクで伝える。


「莉夏もいた方がいいの? 分かったわ。支度して待ってるわね」


電話を切った母は、『帰らなくていいのよ』と言い、キッチンに入った。

誰だろう。


「ねぇ、今のお父さんだよね? お客様って誰?」

「私もよく知らない。もともと莉夏が帰ってくる予定は無かったんだし、そんなに気にしなくていいんじゃない?」


それもそうか。
予定された来客で、そこに私が必要ならば事前に連絡があるはずだ。


10分ほどして、インターホンが鳴る。


「あ、いいよ。私が出る」


調理中の母に代わって、私が玄関に出た。


「おぅ、莉夏。久しぶりだな」

「うん。お父さん、お帰り」


そして、父の後に続いて入ってきた "お客様" に私は目を見張った。


「・・・う・・そ、どうして!?」


そこに立っていたのは。
まさかの・・・航平だったから。


父に促され、リビングに入りソファに座った彼は、ずっと神妙な顔つきをしていた。


「お母さんは俺の隣に。莉夏は、上野くんの隣に座りなさい」


父の言う通りに座る。
何だろう、このシチュエーション。

こういうのって・・・。


「あの・・・今夜は、突然申し訳ありません。こちらの事情で勝手なのですが、莉夏さんとのことで、早急にご両親とお話しさせていただきたくて。偶然にも、今夜莉夏さんがこちらにいらっしゃると聞いて、伺った次第です」


早急に両親と?


「まだ、莉夏さんにも話していないことなので、順番が逆になってしまって。莉夏、ごめん」


謝られても、話が見えず答えに困る。


「実は来月から・・・といっても2週間後なのですが、ベトナムに赴任することになりました。3年くらいになるようです。それで・・・莉夏さんと一緒に行きたいと考えています」

「えっ?」


驚いて、思わず横にいる彼を見ると、パチッとウインクされた。


「彼女がそばにいない生活は、正直もう考えられなくて・・・絶対に危険な目にあわせないと約束します。私に、莉夏さんを任せていただけないでしょうか」


これは・・・。

順番が逆って、そういう意味だったのね・・・。

湧きあがった涙に、視界が揺れた。


「大切に・・・してやってください。莉夏を、よろしくお願いします」


父が頭を下げ、母は泣いていた。


「ありがとうございます」


そう言って頭を下げる彼に、私も続いた。
< 49 / 54 >

この作品をシェア

pagetop