流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
目の前に置かれたコーヒーとスコーンを眺めながら、思わず心の中でつぶやく。

こんな時間にスコーンなんて食べたら、晩ご飯食べれなくなるじゃない・・・。

なんてね、そんなの言い訳。

両方食べて『あー太る〜』って自己嫌悪に陥りたくないだけだ。

フフッ、と苦笑いした。


まぁ明日はお休みだし、ここは我慢して、明日の朝ご飯に食べることにしよう。


差し入れのコーヒーでひと息ついて、届いたメールの確認を済ませる。
特に急ぎの用件は無さそうだし、そろそろ帰ろうか。

立ち上がってフロアを見渡すと、部長と、あと数人しか残っていなかった。


「部長、お先に失礼します」

「あぁ、お疲れさま」


めくっていた書類から視線を上げて、私に合わせた。


「あ、コーヒーとスコーン、ごちそうさまでした」

「スコーン、食べたか?」


うっ、食べてはいない。


「・・・この時間に食べたら、晩ご飯食べれなくなりそうで、まだ・・・」

「あ、そうか。ごめん」


部長は、申し訳なさそうに言った。


「いえ、私もごめんなさい。本当は違うんです」


部長の表情を見て、思わず弁解する。


「食べたいんですけど、スコーンも晩ご飯もどっちも・・・か、スコーン食べたから晩ご飯やめよう、になりそうだな〜って」

「アハハ、複雑だな。でも余計なことしたか、ごめん。コーヒーのお返しに、コーヒーだけっていうのもさ」


あぁ、せっかく買ってきてくれたのに、その好意を上手く受け取れてないなぁ・・・。


「あの、私、スコーン好きなので、嬉しかったです」

「そう・・・だよな。新商品て書いてあったから、俺もつい」


私は、自分の思っていることを伝えるのが得意じゃない。
同じくらい、表面を取り繕うことも上手くないし。


「じゃあ今度は・・・さ」

「え?」

「スコーンじゃなくて、晩メシ行こうか」

「ご飯・・・ですか?」


私の問い掛けに答えることなく、部長は書類に視線を戻しながら言った。


「気を付けて帰れよ」


会釈をして、部長の席を離れる。

ふぅ。

緊張するわけじゃないけれど、ほんの少し肩に力が入る。


早川さんが部長を好きなのだと聞いてから、なんだかふたりで話すのが後ろめたい気持ちになる。

むしろ、それが狙いだったのかもしれない。
牽制されたのか、私。


それにしても・・・。

コーヒーのこととか、晩ご飯に誘われたりとか。

もしかしたら?という想像が、胸をよぎらないわけはないけれど。

ただ・・・理由が思いつかない。

そういう感情を持つということは、当然、何かきっかけがあるはずで。

部長が、私をそんなふうに見るきっかけなんて、今まで無かったと思うんだけどな・・・。


そんなことを考えながら、オフィスを出た。
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