流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
渡航や現地での手続きを考えて、私たちはすぐに入籍だけすることにした。

リビングのテーブルで彼が先に書くところを、ソファで隣に座って見ていた。


「莉夏」


彼が私の方を向く。


「ん? なぁに?」


問いかけた私の両手を、彼の両手が包んだ。


「ちゃんと、伝えてなかったと思って」

「え?」


「莉夏、俺と、結婚してください。一生、大切にします」


真剣な表情に、目を逸らすことができずにいた。


あぁ・・・。

涙が込み上げてきて、のどの奥が苦しくなった。
返事をしようにも声が出ず、ただ何度もうなずいた。


「泣くなよ〜」


私を見て、頭をなでながら微笑んだ彼は、テーブルの上にそっとベロアのケースを乗せた。


「それ・・・は?」

「これはねー、莉夏と俺のマリッジリング。無理言って、大急ぎで作ってもらったんだ」


パカッと蓋を開けると、大小ふたつのリングが並んで収まっていた。


「わ・・ぁ!」

「綺麗だよな。莉夏、喜んでくれると思った」


彼がニコニコと私の指に通すリングには、小粒のダイヤが並んでいて、とても素敵なデザインだった。


「ほら、やっぱり似合う」

「本当? ありがとう、嬉しい。すごく嬉しい!」

「うん。莉夏、ほら俺にも」


彼が左手を出す。


「航平」

「ん?」


私も、彼の目をまっすぐ見て言う。


「愛してる」

「えっ?」

「あ・い・し・て・る」

「莉夏・・・俺も、愛してるよ」


ニッコリ笑った彼の薬指にも、リングが収まった。


「これで、お互いベトナム行ってもナンパされずに済むか?」

「航平」

「んー?」

「私を助けてくれて、好きになってくれて、約束を守ってくれて・・・ありがとう」

「莉夏・・・」

「さーて、私も書こうかな」


彼がサインした右側の欄に、私も書き入れる。


「できた!」


私の弾んだ声に、フッと彼が微笑む。


「これ出したら、俺達、夫婦になるんだな」


『出しに行くか』と、彼がクルマのキーを手にして玄関に向かう。


その背中を追いかけながら、なんだか急に切なくなって、思わず彼の背中に抱きついた。


「ん? どうした?」


肩越しに振り返り、私の様子を伺っている。


「ちょっとだけ、くっついたままでいいかな・・・」

「俺の背中で良ければ、いくらでも」

「うん・・・」


ほんの少し、不安だった。
変化が大き過ぎて、気持ちが追いついていないところがあったから。

もちろん、嬉しくないわけじゃない。


「なぁ、莉夏。そうやって、いつでも甘えて」

「え?」

「俺の前では、ガマンしなくていいからさ」

「航平・・・」

「ずっと・・・一緒にいたいから」


振り返って、私を腕の中に入れてくれる。


「俺は、莉夏がそばにいてくれたら、それだけで幸せ。だから、いますぐ入籍しなくてもいいし、ベトナムも無理しなくていい。ゆっくりでいいよ」
< 51 / 54 >

この作品をシェア

pagetop