流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
『しばらく寝かせとく?』と、リングを外そうとして、彼が私の左手を持ち上げる。


「そうじゃ・・・ないの」

「うん」

「ちょっとだけ不安で」

「うん」

「本当に、私でいいのかな・・・」


目を伏せる私に、笑って言う。


「莉夏、そんな可愛いこと言っちゃうんだ」

「え?」

「俺の話聞いてた? 俺はね、莉夏がそばにいてくれたら、それだけで幸せ・・・って言ったんだよ」

「・・・言ってた」

「莉夏は? 本当に俺でいい?」

「・・・ずっと、一緒にいてほしい」


私は彼の服の裾を、ぎゅっとつかんだ。

そんな私の反応に、彼は私の顎を持ち上げて、唇を寄せてくれた。


「役所は今度でいいか。デートしよう!」

「デート?」

「そ! 服買って、お茶して、手つないで歩こう」

「でも・・・早く手続きしなくていいの?」

「いいよ。婚姻届は夜中でもいいし。俺たち、まだ恋人同士なんだからさ。行こう!」


彼はクルマのキーを玄関に置いて、靴を履く。


「航平」

「んー?」


振り返った彼に、また抱きつく。
今日は、どうしちゃったんだろう。
触れても触れても、もっと触れていたい。


「莉夏、もしかして・・・いや、違うか」


彼が、何かに気付いたように言う。


「あの・・・さ。俺たち、その・・・いましたら、子供ができるんじゃないかな・・・」


身体が、それを求めてるんだ。
彼の子供が欲しいって。


「そう・・・かもしれない」


抱きついたまま、彼を見上げる。
ゴクッ、と彼が何かを飲み込むような音がして、首筋が動く。


「流れに、任せてみる?」

「・・・うん」

「おいで」


彼は靴を脱ぎ、私たちはそのまま寝室に向かった。



それから1ヶ月が過ぎたものの、私たちは変わらず日本にいた。

ベトナム赴任の内示から数日後に、役員のひとりが急な病に倒れ、彼がそのポジションをサポートすることになったからだ。

私も、彼のアシスタントとして一緒に仕事をしていた。


「澤田さん、午後の予定どうなってたっけ?」

「14時から来客が1件と、15時から経営会議です」

「そう・・・じゃいまのうちにランチ行くか」


『上野』になった今も、会社では『澤田』を使っていた。
同じ『上野』じゃ周りも呼びづらいだろうし、旧姓使用にした。


「莉夏、一緒に行こう。隣の蕎麦屋」

「あ、うん」


運ばれてきたお蕎麦を前にして、あまり箸の進まない私に彼が心配そうに言う。


「毎日忙しいからな・・・少し疲れてるんじゃないか? 経営会議の後は予定もないし、午後は帰りなさい。業務命令ね」

「ありがとう。今日はそうしようかな」


ランチを終えてオフィスに戻り、帰り支度をしてビルを出た。
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