流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「ただいま・・・」


ひとり暮らしの玄関で、返事の無い呼び掛けをする。
そのまま寝室に入り、電気も付けずにベッドに突っ伏した。


今日の面談、最悪だったな・・・。

もちろん部長の分析と指示は的確で、これからどう進めていけばいいか道筋はついたし、自分が何をしなければいけないかも、明確に理解できた。


最悪なのは・・・。

『どうして言わない?』

なぜ部長に言い出せなかったのか。
その理由を、面談の後もずっと考えていた。


嫌われたくなかった、から。


出てきた答えは、それほど意外なものじゃなかった。
ただ、私を悩ませたのは、それがどんな相手としてか・・・だった。


「うーーーーーん」


分からない・・・のか。
分かりたくない・・・のか。


♬♬

バッグの中で、メッセージの着信音がした。

スマホを見てみると、板谷から大阪の夜景写真が届いていた。


『元気出せよ』


色とりどりの光の粒が綺麗に輝いていた。
でも、素直に綺麗だと返す気にならず、少しふざけた返信をした。


「誰と見てるのよ 笑笑」

♬♬
『支社の人』


女の人・・・かな。
板谷は、社内でもよく女性に誘われている。


「さすが! 板谷、相変わらずモテるね」

♬♬
『男にモテてもしょうがない。支社の男の営業とだよ。イベント会場の下見ついでに』

「なんだ、オトコか」

♬♬
『妬いた?』


そのメッセージを見て、思わず目を見開いた。

「ひとまず彼氏じゃないならいいよ」

部長の言葉を思い返していた。
もしかして・・・。


♬♬
『莉夏?』

「残念ながら妬いてない。大阪の夜、楽しんできて」


そう返信して、アプリを閉じた。


ベッドで仰向けになり、目を閉じてもう一度考える。

部長は・・・もしかして板谷に妬いていた?
だから、不機嫌だった?

だとしたら部長は・・・。
私を、想っていてくれるということ?


きゅう、っと胸が締めつけられる。


私は・・・?
私は、どうだろう。


握手したときに触れた、部長の右手。
とっさに私の手首をつかんだ、部長の左手。

どちらも、まだ感触を憶えている。

私が普段飲むコーヒーの種類を知っていて。
スコーンが好きだということも分かっている。

今度ご飯に行こうと言ってくれて。
板谷のことで不機嫌になる部長を。


私は、どう感じてる?


私は・・・。

部長に触れただけで心がざわつき。
部長が私の好みを知っているだけで驚く。

板谷に妬いているかもしれないと思うと、かわいいとさえ感じてしまう。


でもきっと。
きっと部長にも特定の人がいるはず。


そう思いこまなければ、自分の気持ちが暴走しそうになる。

止めなければ。

上司との恋で苦しむのは、あの1回でたくさんだから。
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