現実を置いて駆け出す想い【優秀作品】
それから4時間近く経った午後8時前、私はタクシーの中にいた。

「お客さん、ほんとにここでいいんですか?」

心配そうに確認する運転手さんに、私は微笑んで答える。

「はい。大丈夫です」

私は、財布から千円札を取り出すと、乗車賃を支払い、タクシーを降りる。

「さむっ!」

私は、タクシーがそのまま一方通行の道を反対側へ進み、元の道へと戻っていくのを、見るともなく見送る。

はぁぁぁ……

街頭に照らされ、息が白く漂う。

なんだか空気そのものが違う気がする。

私はコートの襟を立てて、ベンチに座る。

これからどうしよう。

思い立つまま来たけど、あと1時間以上ある。

もっと厚着して来ればよかった。

スマホの天気予報アプリを開くと、現在の気温はマイナス2度と表示されている。

寒いはずだ。

でも、不思議と心は寒くない。

気持ちが高揚してるせいかもしれない。

私は、白いものがちらつく中、まだかまだかとその時を待った。


午後8時半を回り、間もなく9時という頃、目の前にバスが止まった。

降りる乗客は1人。

「直くん!」

私が声を掛けると、直くんは驚いたように固まった。

「えっ、優花、なんで……」

私は、駆け寄って直くんにしがみつくように抱きついた。

「直くん、あったかい」

私は、直くんのコートの胸元に頬を寄せる。

「優花、冷たいじゃないか。こんなに冷えて」

直くんがぎゅっと抱きしめてくれる。

「あのね、私ね、おっちょこちょいだし、できないこといっぱいあるけど、でも、直くんがいてくれるなら、頑張れる気がするの」

私は、直くんの腕の中で、心に決めてきたことを話す。

「だから、今さらかもしれないけど、私を直くんのお嫁さんにしてください」

私は、言いたかったことを全部吐き出すと、直くんの背中に回した腕に、ぎゅっと力を込めた。

もう、離れたくない。

「優花……」

直くんもぎゅっと抱きしめてくれる。

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