情熱の続き
プロローグ
「宗くんは、何も言わないのね」
ふふふ、と穏やかに笑って言う彼女に悪気はない。宗一郎が思わず「ごめん」と謝ったのは、彼女の話についてよい返答ができなかったことに対してであり、決して目の前にいない女性のことを思い出したからではない。それでも思い出して比べてしまう。かつて想った女の子の笑顔や言葉、すべてを。
「宗は、何も言わないのね」
宗一郎という名前は、いつのまにか親しい友人たちの間で‘宗’と呼ばれるようになった。ごめんと宗一郎は言った。里穂は笑った。
「謝ることじゃないでしょう。否定も肯定もしないのは、悪いことじゃないわ。」
宗の優しいところね。
そう言ってやや行儀の悪い姿勢で頬杖をついて彼女はその丸い目を細めて笑った。その柔らかな微笑み、首を傾ける角度、手のしぐさ。とても甘いのに少しも媚びていない。すべてが絶妙で他にはない貴重なものだった。
「宗」
他の誰とも違う響き。里穂の声は優しく柔らかく、とても心地いいのだ。
…でも僕以外の男もそう思っていたのは、とっくの昔からわかっていた。
宗一郎はいつものお気に入りの小さなきゅうりのピクルスをつまんでビールを飲みながら、ひとり部屋で懐かしい日々を思い出していた。
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