情熱の続き

「里穂、何かあった?」

やがて帰宅した貴広が軽く夕食を食べる横で、里穂は無言で甘いホットワインを飲んでいた。午後からワインを飲んでいて口の中はべたついていたのに、どうしてまた甘いワインを選んでしまったのだろうなどと思いながら。

「何でもないわ」

桃子とオンラインで顔を合わせたことは、もう話してあった。彼が聞きたのはそういうことではなかった。そのことは、ちゃんとわかっていた。

「秘密?寂しいな」

貴広がふざけて言う。里穂は少しだけ困ったように笑う。今考えていたことは本当にたいしたことではなかった。せめてホットワインに糖分を入れるべきではなかったかもしれないとか、そんな程度のことなのだから。

「秘密なんて大げさなことはないのよ。それに、思ったことを全部口に出していたら、世の中は大変なことになっちゃう」

素直な言葉は一見素晴らしいようにも思えるが、本音と本音がぶつかるときに衝突がないとは言い切れない。
里穂が笑って言うと、貴広は納得したように、でも寂しそうにも見える顔で笑った。

「俺は里穂の思っていること全部聞きたいけどな」

そう言って向かい合って彼はその片手で里穂の手を掴んだ。その様子に、仕方ないと思って里穂は軽く笑って言った。

「ワインなんてこぼしたら大変だから、手を放して欲しいって思っている」

里穂がセリフを読むように言うと、掃除を手伝うよと言って貴広はまた笑った。

「里穂」

名前を呼ぶと同時にその手を掴む彼の強さは先ほどより少し強くなった。こうなるともう、その先はわかっていた。指先だけでも彼が何を求めているかは伝わってくる。振りほどくことはできないのだ。
些細な意見の言い合いや、価値観の違いからくる小さな衝突などどうでもいい。
彼を嫌いになれないのと一緒で、決して振り払うことのできない熱い手。額、頬、唇、お互いのそれを重ね合って体温を分け合う。一ミリの隙間もないほどにぴったりとくっついて、それでもどこか心もとなくて不安があると言ったら、その気持ちを貴弘はわかってくれるだろうか。

「里穂」

行為の後、まだ荒い息のまま貴広は里穂を抱きしめていた。
貴広を見ていると‘愛し抜く’ということが難しいことではないのかもしれないと思える。自分のためだけに滴り落ちる汗はとても甘い。べったりと張り付いていても不快ではなく、自分が十分に愛されていることを実感できる。

頼もしい腕の中に納まったまま、里穂は静かに瞼を閉じる。この世の嫌なこと、怖いことから全部を守ってくれる居心地のいい場所。抜け出したいわけじゃない。決して失いたくない、確かに愛しいもののはずなのに。
それなのに、今日は少しこの腕の中が、苦しい。

「里穂」

貴広がもう一度名前を呼ぶ。里穂の長い髪の毛をかき分けて唇を塞ぐ。
熱を持った唇に、苦しいほどに愛を感じている。
もう十分に伝わったと、そのことを訴えたくても返事すらできない。好きも嫌いも何もかもの言葉を封印する。そのキスで、里穂は窒息しそうになる。

宗一郎からメールが来たのは、その三日後だった。
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