情熱の続き
3.恋人たちの季節

クリスマスが近づくと浮足立つ人というのが宗一郎には理解できなかった。
子供の頃から「うちはクリスチャンではありませんから」と言っていつもと変わりなく過ごした彼にとって、クリスマスは特別な意味を持っていなかった。

「イルミネーションを見に行ってディナー。夜景がきれいなホテルを予約しておいてね」

以前付き合っていた恋人のリクエストを呆れながら聞き入れた宗一郎は、もはや‘協調性がある’、と言えるのかもしれない。

桃子から紹介された結衣が、クリスマスに宗一郎とデートをしたいというのは、本人から送られてくるメールで十分に伝わっていた。

若い女の子ならクリスマスを大事にしたい気持ちもあるのだろうと思いながら、宗一郎はどこかはっきりしない気持ちのままだった。嫌になるほど多くを知っているわけでもないし、好きになれるほど特別に惹かれることもない。

桃子に紹介されてから、二度、食事をした。
一度目は半ば桃子が強引にセッティングして二人でお台場に行かされて、二度目は結衣が宗一郎を誘って、夜の美術館に付き合って、そのあとオムレツやカツレツといった、いかにも上野にありそうな日本の洋食といったものを食べた。ほんの二週間ほど前のことだった。そのとき結衣が教えてくれたこと。

「イギリスって、美術館や博物館が無料らしいです」

その気前のいい理由は、アートはみんなのものであるという考えによるものらしい。美術館も博物館も自発的に行くタイプでない宗一郎にとって、それは正直、他愛ない日常の一ページにすぎない会話だった。

それでも、イギリスの話題を聞いてから、宗一郎の心はまた騒がしくなる。いつだったか桃子と会話をした日と同じように。その名前を聞いたときと同じように、宗一郎の胸の内はざわめいていた。

「宗くんは年末までお仕事が忙しいの?」

かわいらしい絵文字の入った、明るい雰囲気のメッセージ。とても女の子らしい。
宗くんなんて言われる年齢じゃないと思いながら結衣のメッセージを見た宗一郎は、無言でスマートフォンの画面を切り替えて、一つ、メッセージを作っていた。

里穂のメールに返事ができないまま、夏を終え、秋が過ぎ、冬が来た。里穂のことを忘れたわけではなかった。
会いたい気持ちはいつでもあった。その顔を見て、声を聞いて、自分のものにできたらと想像してみて、自己嫌悪に陥って、いつもそれで終わる。

メールの返事をすればまた返事を待つ時間になってしまうのが嫌だった。そもそもどんな内容をメールに書けばいいのか宗一郎はわからなかったのだ。里穂と会うとき、会話のほとんどは他愛のない、意味のないものばかりだったから。それがどれほど自分にとって貴重だったのかを、宗一郎はずっとわかっていた。気づかない振りをしていた日々を恨めしく思いながら。

「無料の美術館と博物館にはもう行った?」

宗一郎からのメッセージを緊張した面持ちで開いた里穂は、それを読んで思わず首を傾げた。
何度読み返しても、メッセージはその文章一つだった。送り先を間違えたのではないかと思いつつも、美術館と博物館が無料と言えばイギリスの素晴らしいところなのだから、自分宛できっと間違いないはずと思いながら、里穂はため息をついた。
長いこと待ちわびた返事が貴広宛でも変わらないような内容だったからだ。

そもそも何かを期待していることが間違いなのは、わかっていた。それでも、自分と宗一郎だけが分かち合える何かがあるのだと里穂は信じていた。

最後に会ったときに、別れ際に抱きしめてくれたことの意味を、きちんと言葉で教えて欲しかった。
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