情熱の続き
クリスマスの朝、メリークリスマスというタイトルがついたメールが宗一郎のもとに2つ届いた。
一つは結衣からで、今日の待ち合わせのことだった。楽しみにしている、とも。
彼女は、おとなしそうに見えて実はかなりの行動力がある。初めて会ったときこそ、どことなく里穂と雰囲気が似ているような感じがしたが、積極的に誘ってくるところや自分の気持ちを、意思をもってきちんと言葉で伝えるところは里穂とは違うところだった。
そしてもう一つのメールは里穂からだった。
「大英博物館は想像以上に大きくて、2回行ったけど全部見れていないの。あとはサー・ジョン・ソーンズ美術館というところが楽しかった。迷路みたいになっていて、美術品の世界のなかに入れるような…とにかくいいところ。宗もロンドンに来ることがあればおすすめしたいわ。」
そっけない一文だけの宗一郎のメールにも、里穂は丁寧に返事をくれた。もっと話したいことがありそうな感じだった。
「追伸。2月下旬から3月にかけて少し帰国する予定。みんなで集まれますように。また連絡します。」
メール最後の追伸の部分を読んで、宗一郎はとたんに自分が緊張していることに気づいた。一時帰国くらい驚くことじゃない。
それに貴広の海外勤務だって5年という期限付きだ。いずれ帰って来て、日本で会うことがあるだろう。何より、また会おうと約束をして別れたのだ。
それなのに、近いうちに里穂と会えるのかもしれないと思うと、落ち着かなかった。最後にあんなふうに抱きしめて別れてまだ一年もたたない今、どんな顔で会えばいいのだろうか。貴広と仲良くやっている里穂に対して、宗一郎は顔を合わせる権利などない気さえしていた。
そのときだった。
けたたましいスマートフォンの音楽が流れて、あわてて画面を見る。
「メリーメリークリスマス!」
電話の主は桃子だった。
「朝からいったい何?」
「あら、そっけないのね。寝てた?ごめんね。いきなり電話して」
起きてたけどと宗一郎が言うと、桃子はそれならよかったと言って話を続けた。
「今日、結衣と出かけるらしいじゃない。彼女、月曜日からずっと楽しみにしてるみたいだったから。表参道だっけ?レストランは予約してあるんでしょうね?」
してあるよ、と宗一郎は返した。もっとも、その店は結衣が行ってみたいと言っていたところだったので、自分はただ予約をしただけだった。こんなことを確認するためにわざわざ朝から桃子は電話してきたのだろうか。
「結衣のことどう思ってるのかなーって聞いてみたかっただけ。彼女が思いのほか積極的すぎて、宗が参ってるんじゃないかなって」
桃子の言葉に宗一郎は思わず笑った。参っているという表現は、確かに状況としては近いものがある気がしたからだ。
「紹介したのは私だし、うまくいけばいいとは思うけど、宗はどう思っているのかなって。クリスマスデートするってことは、宗もその気なのかなーって思ったんだけど、実際はどうなの?」
桃子のストレートな質問は、嫌な感じが少しもしなかった。基本的に彼女は面倒見がよくて、親切なのだ。男子校を経て理系の男ばっかりの学部で学んできた宗一郎にとって桃子は今も昔も変わらずに気を遣わずに話せる貴重な女友達であるのは間違いなかった。
「誘われて、断る理由がなかったんだよ。ちょうど今日は休みだし。いい子だと思ってるよ」
宗一郎の言葉に桃子は安堵したように、とりあえず楽しんできてと言って、それから桃子は続けて言った。
「里穂と貴広、今度少し帰国するって。宗もメール来たでしょう?」
桃子の口から二人の名前が出たとたん、宗一郎は会話の雰囲気が変わったことに気づいた。うん、と宗一郎が返事をすると桃子は電話の向こうでため息を一つついて言った。
「みんなで集まりたいのは里穂だけよね、きっと。」
「どういうこと?」
宗一郎が聞くと、桃子は言葉を選ぶようにして少し考えて、ゆっくりと言った。
「貴広は、里穂と宗を会わせたくないって思ってそうだなって。たとえ私がいてもね。」
その言葉に、宗一郎の中でまた少し緊張感が生まれる。桃子は、何も聞いていないはずなのに何もかもをわかっている気さえする。
一つは結衣からで、今日の待ち合わせのことだった。楽しみにしている、とも。
彼女は、おとなしそうに見えて実はかなりの行動力がある。初めて会ったときこそ、どことなく里穂と雰囲気が似ているような感じがしたが、積極的に誘ってくるところや自分の気持ちを、意思をもってきちんと言葉で伝えるところは里穂とは違うところだった。
そしてもう一つのメールは里穂からだった。
「大英博物館は想像以上に大きくて、2回行ったけど全部見れていないの。あとはサー・ジョン・ソーンズ美術館というところが楽しかった。迷路みたいになっていて、美術品の世界のなかに入れるような…とにかくいいところ。宗もロンドンに来ることがあればおすすめしたいわ。」
そっけない一文だけの宗一郎のメールにも、里穂は丁寧に返事をくれた。もっと話したいことがありそうな感じだった。
「追伸。2月下旬から3月にかけて少し帰国する予定。みんなで集まれますように。また連絡します。」
メール最後の追伸の部分を読んで、宗一郎はとたんに自分が緊張していることに気づいた。一時帰国くらい驚くことじゃない。
それに貴広の海外勤務だって5年という期限付きだ。いずれ帰って来て、日本で会うことがあるだろう。何より、また会おうと約束をして別れたのだ。
それなのに、近いうちに里穂と会えるのかもしれないと思うと、落ち着かなかった。最後にあんなふうに抱きしめて別れてまだ一年もたたない今、どんな顔で会えばいいのだろうか。貴広と仲良くやっている里穂に対して、宗一郎は顔を合わせる権利などない気さえしていた。
そのときだった。
けたたましいスマートフォンの音楽が流れて、あわてて画面を見る。
「メリーメリークリスマス!」
電話の主は桃子だった。
「朝からいったい何?」
「あら、そっけないのね。寝てた?ごめんね。いきなり電話して」
起きてたけどと宗一郎が言うと、桃子はそれならよかったと言って話を続けた。
「今日、結衣と出かけるらしいじゃない。彼女、月曜日からずっと楽しみにしてるみたいだったから。表参道だっけ?レストランは予約してあるんでしょうね?」
してあるよ、と宗一郎は返した。もっとも、その店は結衣が行ってみたいと言っていたところだったので、自分はただ予約をしただけだった。こんなことを確認するためにわざわざ朝から桃子は電話してきたのだろうか。
「結衣のことどう思ってるのかなーって聞いてみたかっただけ。彼女が思いのほか積極的すぎて、宗が参ってるんじゃないかなって」
桃子の言葉に宗一郎は思わず笑った。参っているという表現は、確かに状況としては近いものがある気がしたからだ。
「紹介したのは私だし、うまくいけばいいとは思うけど、宗はどう思っているのかなって。クリスマスデートするってことは、宗もその気なのかなーって思ったんだけど、実際はどうなの?」
桃子のストレートな質問は、嫌な感じが少しもしなかった。基本的に彼女は面倒見がよくて、親切なのだ。男子校を経て理系の男ばっかりの学部で学んできた宗一郎にとって桃子は今も昔も変わらずに気を遣わずに話せる貴重な女友達であるのは間違いなかった。
「誘われて、断る理由がなかったんだよ。ちょうど今日は休みだし。いい子だと思ってるよ」
宗一郎の言葉に桃子は安堵したように、とりあえず楽しんできてと言って、それから桃子は続けて言った。
「里穂と貴広、今度少し帰国するって。宗もメール来たでしょう?」
桃子の口から二人の名前が出たとたん、宗一郎は会話の雰囲気が変わったことに気づいた。うん、と宗一郎が返事をすると桃子は電話の向こうでため息を一つついて言った。
「みんなで集まりたいのは里穂だけよね、きっと。」
「どういうこと?」
宗一郎が聞くと、桃子は言葉を選ぶようにして少し考えて、ゆっくりと言った。
「貴広は、里穂と宗を会わせたくないって思ってそうだなって。たとえ私がいてもね。」
その言葉に、宗一郎の中でまた少し緊張感が生まれる。桃子は、何も聞いていないはずなのに何もかもをわかっている気さえする。