情熱の続き
羽田を午前中に出て、ロンドンに午後到着する便を使うのは二回目だった。
それは先にロンドンに行っていた貴広を追いかけるように、里穂が初めてロンドンに行ったときと同じフライトスケジュールだった。この便を使うと時差の影響で一日がとても長く感じる。
そして、前回は、心の半分を東京に置いてきたような気持ちで日本を離れたことを里穂は思い出していた。本当にロンドンに行っていいのか、正しい選択なのか。迷いながら飛行機の中で過ごしていた。
しかし今は、自分の体に刻みこまれた懐かしい熱い抱擁は、きちんと美しい思い出として、胸に残っていた。失くしたくないものは、いつだって振り返ればそこにある。
飛行機は途中のトラブルもなくほぼ定刻通りに12時間半の空の旅を終えて里穂はイギリスに戻ってきた。
ロンドン・ヒースロー空港からウエスト・ロンドンへの自宅へは直結の電車も出ており、里穂は一人で帰れると言ってあった。自分の足で帰ろうと思ったのだ。迎えに来てもらって手を引いてもらって帰るよりも、きちんと自分の力で帰りたい、と。
一人での帰国を終えて思うことは、本当は一人でどこにでも行けるということだった。大人になった、と里穂は思う。いつだってどこだって行ける。自由な大人だ。
でも、一人じゃなくて一緒に行きたいと思う。その自分の気持ちを、素直な言葉できちんと伝えられるはずだし、伝えたい。そう里穂は思いながら、列車の中からいくらか懐かしい景色になり始めていたロンドンの二度目の初夏を見ていた。
土曜日の午後で皆出かけているのか、隣人にも誰にも顔を合わせないまま帰ってきた自宅は、気味が悪いほどひっそりと静まり返っていた。
貴広はいなかった。薄暗く、妙に湿気がこもっていて陰気臭い。言ってしまえば人の気配がない、まるで空き家のような一室に里穂は思わず表情をこわばらせる。
このまま永遠に一人で過ごすことが想像できてしまうような、心もとなさ。本当に今日まで貴広がここにいたのだろうか。
薄暗い室内。ざわめく外の音。子どもたちが騒ぐ声や、車の音。日常の音のはずなのに落ち着かない。今日の予定、帰国便から帰宅する時刻まで伝えてあったのに、貴広が家にいない理由は何なのか。迎えに行こうか、と言ってくれた貴広の提案を断らなければよかったと思うほど、冷たい室内が怖くなる。
事故や病気など何かのアクシデントがなければいいがと、里穂は自分で考えてみてすぐに否定する。家を一週間開けていたとはいえ、自分はきちんと貴広のパートナーとしてここにいる。何かあれば連絡があるはずなのだから、つまらないことを考えてはいけない、と。
こういうときネガティブな思考を持つ自分が、里穂は嫌いだった。貴広の明るさ、その前向きさが今ここにあって欲しいと思う。
とりあえずシャワーをしてから荷物を片付けることにした。まだ少し湿った髪の毛のまま洗濯機を回して、冷蔵庫の中を確認する。
家を出たときと変わらない、調味料と飲み物がほとんど。飲みかけの牛乳とビールの空き缶はいくらか彼の生活を感じることができて、安心してしまう。それでも冷凍庫のピザとベーグルはまだ残っている。貴広はこの七日間、食事は、きちんと食べていたのだろうか。この部屋で、十分に休めただろうか。一人でも、平気だったのだろうか。
荷物を片付けながらそんなことを考えていると、そのとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。
それは先にロンドンに行っていた貴広を追いかけるように、里穂が初めてロンドンに行ったときと同じフライトスケジュールだった。この便を使うと時差の影響で一日がとても長く感じる。
そして、前回は、心の半分を東京に置いてきたような気持ちで日本を離れたことを里穂は思い出していた。本当にロンドンに行っていいのか、正しい選択なのか。迷いながら飛行機の中で過ごしていた。
しかし今は、自分の体に刻みこまれた懐かしい熱い抱擁は、きちんと美しい思い出として、胸に残っていた。失くしたくないものは、いつだって振り返ればそこにある。
飛行機は途中のトラブルもなくほぼ定刻通りに12時間半の空の旅を終えて里穂はイギリスに戻ってきた。
ロンドン・ヒースロー空港からウエスト・ロンドンへの自宅へは直結の電車も出ており、里穂は一人で帰れると言ってあった。自分の足で帰ろうと思ったのだ。迎えに来てもらって手を引いてもらって帰るよりも、きちんと自分の力で帰りたい、と。
一人での帰国を終えて思うことは、本当は一人でどこにでも行けるということだった。大人になった、と里穂は思う。いつだってどこだって行ける。自由な大人だ。
でも、一人じゃなくて一緒に行きたいと思う。その自分の気持ちを、素直な言葉できちんと伝えられるはずだし、伝えたい。そう里穂は思いながら、列車の中からいくらか懐かしい景色になり始めていたロンドンの二度目の初夏を見ていた。
土曜日の午後で皆出かけているのか、隣人にも誰にも顔を合わせないまま帰ってきた自宅は、気味が悪いほどひっそりと静まり返っていた。
貴広はいなかった。薄暗く、妙に湿気がこもっていて陰気臭い。言ってしまえば人の気配がない、まるで空き家のような一室に里穂は思わず表情をこわばらせる。
このまま永遠に一人で過ごすことが想像できてしまうような、心もとなさ。本当に今日まで貴広がここにいたのだろうか。
薄暗い室内。ざわめく外の音。子どもたちが騒ぐ声や、車の音。日常の音のはずなのに落ち着かない。今日の予定、帰国便から帰宅する時刻まで伝えてあったのに、貴広が家にいない理由は何なのか。迎えに行こうか、と言ってくれた貴広の提案を断らなければよかったと思うほど、冷たい室内が怖くなる。
事故や病気など何かのアクシデントがなければいいがと、里穂は自分で考えてみてすぐに否定する。家を一週間開けていたとはいえ、自分はきちんと貴広のパートナーとしてここにいる。何かあれば連絡があるはずなのだから、つまらないことを考えてはいけない、と。
こういうときネガティブな思考を持つ自分が、里穂は嫌いだった。貴広の明るさ、その前向きさが今ここにあって欲しいと思う。
とりあえずシャワーをしてから荷物を片付けることにした。まだ少し湿った髪の毛のまま洗濯機を回して、冷蔵庫の中を確認する。
家を出たときと変わらない、調味料と飲み物がほとんど。飲みかけの牛乳とビールの空き缶はいくらか彼の生活を感じることができて、安心してしまう。それでも冷凍庫のピザとベーグルはまだ残っている。貴広はこの七日間、食事は、きちんと食べていたのだろうか。この部屋で、十分に休めただろうか。一人でも、平気だったのだろうか。
荷物を片付けながらそんなことを考えていると、そのとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。