情熱の続き
エピローグ
他大との合同サークルで出会った貴広は、群を抜いてかっこよかった。
テニスはもちろん上手だったし、背も高く、顔立ちもシャープで整っていた彼は男らしくて、それでいて明るくて冗談も言ってくれるから、性別や学年を問わずみんなが彼を好きにならないはずがなかった。

桃子は彼と気を遣わずに冗談も意見も言いあえた自分がその特別になれたら、と、思わなかったわけではない。

磁石は、対極だと惹かれあう。同じ極だと決してくっつかない。無理やりくっつけようとしてもだめ。それでも、同じ極は、同じ方向を見ていられる。

だから、似ている人同士が同じものを見て、同じ気持ちを分かち合っていける気がするのも自然なことだ。

「じゃあ今度、友達連れていくから」

彼は桃子にそういって日比谷公園のコートでテニスをしようと約束をして、それぞれが高校時代に親しい友人を連れて行った。それが里穂と宗一郎だった。

そのあと貴広が里穂に惹かれることは、桃子は考えていなかった。ただ自分の大好きな、一番親しい友人を連れて行っただけだった。おそらくは、貴広もそうだっただろうと、桃子は思う。

互いに自慢の、優しくて、穏やかに微笑んでくれて、その場を和ませてくれるような友人たち。

貴広の気持ちを、早い段階から桃子は気づいていた。たまにできる彼女に対してそれほど真剣に付き合っているわけでないことも、里穂に簡単に手を出せないでいるくらいに本気だったことも。そしてその場にいた宗一郎も貴広と同じ気持ちだったことも。

そのことは、仕方のないことだった。誰かが誰かに惹かれるのは、抗えない、水の流れのようなもの。逆らうことも、止められるものでもない。そして、とても貴重なことでもある。

里穂が一人で帰国したとき、ロンドンに戻る直前に電話をくれた。

「この後のフライトで発つけど、また近いうちに会おうね。いろいろありがとう。今度は貴広と帰ってくるわ。宗とも、また四人で集まろうね」

清々しい里穂の声。それが答えなのだと桃子はわかった。大好きな友達。里穂はもちろん、みんな幸せになって欲しいと思っていた。この尊い感情、すべての想いに行きつく場所があって欲しい、と。いつも思っていた。

「桃子、荷物が届いたけど」

土曜日の午前中、もはや新婚とは呼べない時間を共に過ごした旦那に声をかけられた桃子は慌てて食器を洗う手を止める。

段ボール箱を抱えたまま、けっこう重いけれど何を買ったの?という彼の問いに桃子は笑う。

「おいしいお酒を頼んだの。今度みんなで集まったときに飲もうと思って」

友達を呼んでもいいでしょう?と桃子がいうと、彼はもちろんと笑った。
桃子はありがとう、と言って夫に笑顔を向けた。初めて出会ったときと同じように笑顔でいられることは、当たり前ではない。互いに歩み寄って、分かり合おうと努力してきた。衝突は何回もあった。でもたいしたことではなかったのだ。理解できないことがあることも、同じものを見て感じ方が違うことも、ときに違う方向を見ることがあることも、大した問題ではない。

もちろんまたいつかお互い誰かを好きになることだってあるのかもしれないけれど。考えられなかった。この人以外、少なくとも今は。

次に里穂と貴広が帰国するとき、この家にみんなを招待しよう、と桃子は思っていた。
里穂と貴広は喜んで来てくれる。たぶん貴広のことだから高いお酒を持ってくるだろう。免税品だと笑って、みんなで飲もう、と言って。里穂は海外の珍しい食べ物を用意してくれるかもしれない。

そんなすばらしい機会に、いいお酒に合わせておいしい料理を作りたい。
料理は結婚してから、かなり好きになった。食べてくれる人がいるからこそ、作るのが楽しいと思う。
料理教室の先生直伝のローストビーフと玉ねぎソース。それから、洋風の茶碗蒸しだからと言われてグンと身近に感じるようになったフラン。それからデザートのガトーショコラもかなり上達した。きっと里穂の好きな味。

宗一郎は呼んでも何かしらの言い訳を作って来ないかもしれない、と思いつつ、結衣が無理やり引っ張って連れてくる姿も想像できる。
結衣はこの家に「遊びに行きたい」とずっと言ってくれていて、なかなか機会がないままだったが、最近の様子だと、宗一郎を連れて遊びに来てくれそうな雰囲気がある。そのとき、本心はそれほど興味があるわけでもないこの家に、年下のエネルギッシュな女性に連れられてくる宗一郎の控えめな笑顔が浮かぶ。

そしてすぐは無理かもしれないけど、いつか。里穂とまたいつか笑いあう姿も、桃子はこの目で見れると思った。そしてそれに嫉妬する貴広も、いくらか昔よりマシになっているのか、それとも堂々と宗一郎を敬遠するのか。考えてみてもわからない。
でもきっと、私は笑顔で見ていられる。

いつだって何があるかわからないけれど、自分の想いを信じた彼らを、これからも見ていられる、と。

いつになく青く輝く東京の空を見ながら、桃子はそう思った。
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