情熱の続き
里穂からメールが届く一か月ほど前。
日没時間がぐっと早く感じられて、秋らしい季節の風が吹き始めたころだった。
「僕は別に紹介なんてしてもらわなくていいよ」
電話越しのややぼやけた音声ではあったが、桃子の言葉に宗一郎ははっきりとそう言った。宗一郎は来年度からは大学院に通いながら仕事をするつもりでスケジュールを組んでいて日々はとても忙しく、さらにその先どうするか…どこで仕事につくかもわからない、言ってしまえば‘安定していない状態’なのだと言った。
誰かを好きになってしまうのは抗うことができない、仕方のないことだとしても、わざわざそのきっかけをもらうつもりは、宗一郎はなかった。どうやら余計なことで煩わされたくないというのが彼の本音のようだった。
しかしそんな宗一郎の気持ちを知ってか知らずか桃子は強い口調で言った。
「困るのよ。宗が幸せになってくれないと。」
その言葉に宗一郎は今でも十分に幸せだと、何を言っているんだと無言で首を傾げると、桃子は数秒間、何かを言おうか迷ったような様子で黙ったのち、言った。
「とにかく、会うだけ会ってみてよ。かわいくていい子だから。きっと宗の好みの感じ。じゃあ、来週ね。また連絡するから」
それだけいっきに言うと桃子は宗一郎の返答などかまうことなく電話を切った。
桃子は会社の先輩と二年ほど付き合って結婚していたし、里穂と貴広も結婚した。大学生の頃からよく遊んだ仲間内で結婚していない、恋人すらいないというのは宗一郎だけだった。
宗一郎は都内の超難関国立大学の工学部、その大学院まで出て企業の研究所に勤めている。
社会に出てまだ五年に満たない彼は結婚する気などないというのだが、難しい仕事をしている美青年(宗一郎はこの表現がしっくりくる)に彼女がいないとなれば、紹介してほしいと思う女の子は多いものだ。
宗一郎にもパートナーと呼べる存在がいたらいいだろうと思うのはおせっかいだとはわかっていたが、それが里穂や貴広、自分にとっても喜ばしいことなのだ、きっと…桃子はそう思っていた。