情熱の続き
「宗の好みの感じ」と言われて紹介された結衣は、少しだけ里穂と雰囲気が似ていた。形のいい目鼻口が上品で、笑顔が柔らかい。桃子や宗一郎とも三つ年下で幼いというと怒られそうではあったが、その擦れていない感じが年齢よりも若く見える。
食事もほとんど終わって彼女が化粧室に立ったとき、二人きりになると桃子が言った。
「かわいいでしょう。性格が明るいところがいいわよね。それで、ちょっと抜けてて。でも仕事は丁寧で一生懸命だから、評判のいい子よ。」
「僕と合うとは思えないけど」
断って、と言おうとすると桃子が宗一郎に残り僅かになっていたワイングラスを、飲めというように押し付けて笑った。
「とりあえず連絡先交換して、一度デートしてあげて。紳士なプランでね。宗の話をしたら、すごく会ってみたいって言ってたんだから。今だって、絶対に喜んで、きれいにリップを塗りなおして戻ってくるわよ。いいじゃない。将来とか責任とかそういうのはとりあえず考えなくても。まずは気軽に出かけてみたら。気分転換にもいいかもしれないし。とにかくここで終わりにしたらもったいないわ。」
三人で飲み干した2本のワインなどたいしたことではないというように、桃子は活舌のいい、いつもの口調で言った。
宗一郎は首をかしげて疲れた顔つきで一つため息のように大きく息を吐く。
「強引だな。どうしたっていうんだよ」
いつも丁寧な宗一郎が見せた珍しいほど面倒そうな顔だった。桃子は少しだけ申し訳なさそうな顔を見せて、ためらうように残り僅かな赤ワインのグラスを、少しだけ手元で傾けて、中身を見るように俯きながら言った。
「里穂が、あきらめつかないでしょう。宗が誰かのものになってくれないと」
冷静で強い口調。里穂との間にあったこと、宗一郎の想い、すべてをわかりきっているみたいだった。
桃子の目を見ると、宗一郎のなかに今までにない緊張が込みあげてくるのがわかった。その言葉とは違って視線は慰められているみたいだった。
とたんに蘇る。里穂と最後に会った日のこと。里穂の引っ越し前でほとんど荷物のないマンション。これが最後でも後悔しないというほど完璧な別れ。笑顔で、互いにまたいつか会える日を願って手を振って別れるはずだった。
それなのに。里穂の骨格、甘い匂い、そのやわらかな髪先さえも、まるで鋳型を取るかのごとく、身に刻むように強く抱きしめてしまったこと。
宗一郎は自分の行いに思わず身震いがした。
「何を言っているんだか。里穂と貴広が結婚してもう半年だよ。そもそもあきらめるとか、おかしなことを言わないで欲しい。里穂にも失礼だよ」
やめてほしい。哀れまれるようなことは何もないんだ。自分は仲間内で結婚した友人を祝福するのみだ。宗一郎は自分に言い聞かせるように胸の内で繰り返す。
笑いながら言ったつもりだが、若干の苛立ちは伝わったかもしれないと宗一郎は反省する。とても自分らしくなかった。
でも、たとえ里穂と一番に親しい桃子であっても、他の誰にも踏み入って欲しくない領域だった。里穂とのことについては、宗一郎なりに自分の中で折り合いをつけているつもりだった。
桃子はふっと笑って席を立ちながら言った。
「そうね。失礼かもね。悪かったわ、私の推測で勝手なことを言って。でも宗に幸せになって欲しいのは本当よ。結婚って、けっこう楽しいから。」
付け足すように桃子は言う。会社の先輩後輩だったとはいえ、他人と暮らす喜びを桃子は確かに感じていた。
「貴広と里穂も、きっと、そう思っていると思う。」
試しているのか、と思わされるような桃子の視線に宗一郎はできるだけいつもと変わらない表情のまま、軽く首を縦に一度、振った。わかった、と言って。
桃子は笑顔のまま、少し失礼と言ってトイレに立った。
それからすぐに戻ってきた結衣が着座すると同時に彼女は宗一郎にすみませんと今日はありがとうございましたとお礼を述べ、桃子から話を聞いて会ってみたいと思ったこと、短い時間だったが今日はとても楽しくて、また会いたいと思ったことを素直に話し、連絡先を交換してもらえないかと言ってきた。
控えめにほほ笑むその顔はどこか里穂を思い出させた。桃子の意図を感じずにいられないながらも、これだけ丁寧にお願いをされて、断ることはできないと宗一郎は「いいですよ」と言って連絡先を伝えた。
こんな自分に対して誠実に向き合ってくれる結衣に申し訳ないと思いながら。