情熱の続き

「ええ、会社の後輩で、明るくて真面目でいい子よ。宗の話をしたら紹介して欲しいっていうから。何気に宗ってハイスペックな美青年だしね。」

桃子とオンラインで顔を合わせたのは12月に入って最初の金曜日、午後だった。9時間の時差がある日本は夜だった。桃子の旦那が忘年会だというので遠慮なくおしゃべりしようということになったのだ。ロンドンに来てから一度、オンラインで顔を合わせた。それから実に半年ぶりである。
メールで何度かやりとりはしていたものの、画面越しでも顔を見て話ができるのは嬉しいものだった。

桃子は長話しても口が乾かないように、と言って細長いグラスにジンリッキーをたっぷり用意していた。話したいことはたくさんあったようだった。

里穂は自分だけ紅茶を飲むのもなんだかつまらない気がして、まだ午後明るい時間だったが同じようにグラスにアルコールを注いだ。先日飲み残した白ワインは、冷蔵庫でもう十分すぎるほどに冷えていた。遅いランチとしてきゅうりのサンドイッチをつまんでいた手は、なかなか進まない。

「宗、大学院に行く予定じゃなかった?」

里穂が話題を変えると、桃子はおつまみらしいくすんだ緑色のオリーブの実を口に運んで、視線を里穂に向けたままゆっくりと咀嚼していた。やがてその塊を飲み込んだ彼女は静かに言う。

「ええ、でも、大学院行きながら仕事も続けるみたいだし、とりあえず気楽に会ってみればいいって言ったのよ。仕事で一人前になるまで恋愛しちゃいけないなんてことないわ。もちろん決めるのは当事者たちだけど、きっかけくらいはあってもいいかなって思って」

おせっかいかもしれないけど、と軽く笑った後、桃子はジンリッキーをぐっと細いのどに通した。里穂が長年の親友である桃子にいら立ちや憎しみを感じたことはないし、今もまた同じだ。しかしながら、なぜそんなことをするのだろうという気持ちは里穂の中に確かにあった。親しいメンバーのなかでも、桃子と宗一郎が二人で連絡を取るようなことはあまりないことだったからだ。

「いろいろと、うまくいってるのね。」

口調はぎこちなかったかもしれない。里穂は言うと手元の白ワインに視線を向ける。ぱさつき始めたパンを無理やり口に押し込む。流し込むように口に入れた白ワインはやたらと酸が強く感じられて、何もかもがおもしろくなかった。久しぶりの桃子とのおしゃべりなのに。
その様子に気づいてか気づかずか、桃子は明るい口調で言う。

「里穂たちだってそうでしょう。順調そうじゃない?仲良さそうで何よりよ。貴広は何時に帰ってくるの?たまには私も貴広の顔を見たいわ。ばかなこと言って笑わせて欲しい。最近、大笑いすることがないから」

桃子はまた気持ちよさそうにその透明に泡立つお酒を喉に通していた。金曜日の夕方。あと一時間ほどしたら貴広も帰ってくる。

親しい人たちに囲まれて、これ以上のことはないはずなのに。
里穂はたまらなく一人になりたくなっていた。違う。本当のことを言うならば、ここにいないたった一人に会いたかった。声を聞きたかった。顔を見たかった。無機質な文字でもいい。それが本当に宗一郎の言葉であるのなら、ほんの一言のメッセージでもいいと思ってしまう。
自分のことを忘れていないと、里穂は教えて欲しかった。
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