シュクリ・エルムの涙◆
 パパは柔らかな雰囲気に戻って、一度「うん」と頷き姿勢を伸ばした。でもその瞬間に面差しは堅く引き締められ、視線はあたしの瞳とかち合った。

「ジュエル、時間がない。一度しか言わないから、今すぐ決めてくれ。ユーシィとリル、二人を守りたいなら、今すぐ宿主を自分──「ラヴェル=ミュールレイン」に変更しろ」
「あっ──!」

 その冷たく透き通った声に、ジュエルはあっと言う間に反応を示した!

 左眼がいきなり温かみと光を帯びて、あたしの意志とは無関係に、無抵抗に引き離された!!

「さすがに聞き分けがいいな、ジュエル」

 先に自身の義眼を外していたパパの左瞼に、吸い込まれるように嵌め込まれたジュエル。

 パパの全身はその途端、薄紫の光を帯びた気がした。不思議と力強いエネルギーを感じる……ジュエルのヴィジョンで何度も見てきた「宿主としてのパパ」なのに、実際目にしたその姿は、驚くほどに神々(こうごう)しかった。

「ツパ、リルを宜しく」
「わ、分かりました……それで、どうするつもりなのです? 飛行船を出すなら私が……」
「いや、「代わりの肉体」が用意出来ない以上、行っても撃ち落とされるだけだ。陸路で向かう。……ピータン、一緒に行くね?」

 パパは最後に優しく肩の上のピータンに問い掛けた。慰めるように力を与えるように、パパに頬ずりをしたピータンをくすぐったそうに見詰める。パパはあたしを今一度抱き締めて、芝生に放っておいた剣を拾い、北西の闇へ消えていった。

「パパ……」

 これで本当に良いの、リルヴィ? ──あたしは自身に問い掛けていた。

 もちろんパパのことは信頼しているし、あたしが生まれる前にもママのため・ヴェルのために、どれだけ力を尽くしたかを知っている。

 そしてこの十四年、危険なことなんて何もなかったけれど、パパは温かな微笑みで、ずっとママとあたしを守ってきてくれた。

 でも……だからと言って……!

 本当にこれで良いの? リルヴィ──!?


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