撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「何だかんだ、伊織くんはつぼっちさんのこと慕ってるよね」
「いいコンビですよね」

 歳は離れているけれど、お互いを信頼しているのがよくわかる。
 ……思いがけず、ヤナさんとふたりきりになってしまった。
 撮影ではいつも他のスーツアクターやスタッフさんたちが近くにいるから、こういうシチュエーションは、あの廃工場以来かもしれない。
 季節は夏。ヤナさんは普段は、Tシャツにデニム、それにスニーカーというラフな格好が多い。
 今日も黒地にアーティスティックなデザインが施されたTシャツとライトブルーのデニム。それに役柄を意識してなのか、はたまただたの差し色なのか、赤いスニーカーというスタイルだ。
 ともすると少し軽薄に見えてしまう装いだけど、爽やかで清潔感溢れる彼が着るととてもオシャレに見える。
 ヒーロースーツを着ているときのヤナさんもカッコいいけど、私服の彼も素敵だ。
 意識したら緊張してきてしまった。紛らわすため、手元のカシスミルクを飲むことで空白を埋める。

「最近、みのりちゃんの笑顔が増えたような気がしてるけど、合ってるよね?」

 ヤナさんの言葉に、心臓がどきんと跳ねる。

「あ……は、はいっ」
「仕事、楽しい?」
「はい! 今は楽しんでます。……ヤナさんのおかげで、そう思えるようになりました。ありがとうございます」

 すっと直接伝えたいと思っていたことを、このタイミングで告げることにする。
 本当は、お酒のお入っていないちゃんとした場で言うべきなんだろうけど……私と彼は撮影でしか接点がないし、私は後輩だから多忙な彼を「少しお茶でも」なんてラフに誘う勇気もない。
 せめてこの気持ちが伝わるように、私はグラスを置いて深々と頭を下げた。
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