撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
撮影が終わる一月を期日にしたのは、おそらく現場の雰囲気を極力変えたくないという彼女のプロ意識なのだろう。
私も以前、勢いで告白しそうになった時に同じことを考えたからよくわかる。
「みのりちゃんは可愛いし、妹みたいでいい子だなって思ってるけど、しゅうくんのことは譲れない。だから先に言っておくね。ごめん、彼のことは諦めて」
「恵里菜さん……」
恵里菜さんはにこやかに微笑んでいるけれど、その表情のなかに反論させまいという意志の強さが滲んでいるように思われた。
舞台上でカットの声がかかる。それを合図に、恵里菜さんは椅子から立ち上がってヘルメットを抱えた。新しいシーンに移るようだ。
「少しは緊張ほぐれた? ……そろそろ出番だね。今日の撮影は賑やかだし、いつもよりも気合入れて頑張ろ」
「は、はいっ」
緊張は和らいだけれど、その代わりにもっと別の気になることが脳内を占拠し始める。
恵里菜さん、ヤナさんに告白するって……。
どうしよう。このままじゃヤナさんの気持ちは、恵里菜さんに持っていかれてしまう。
舞台に上がり、観衆から声援を浴びながらも、私の頭のなかでは不安と戸惑いとが綯い交ぜになってぐるぐると回っている。
私は同じ舞台上にいるであろう赤いヒーロースーツ着た彼の姿を探した。彼は、敵役のひとりと次のシーンの流れを実際の動きを交えて確認している。
やっぱりヤナさんはカッコいい。この不自由で動きにくいヒーロースーツでの高さのあるキックや跳躍と、スピード感のある身のこなしは、筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい。
彼のアクションに、観客席の視聴者もさきほどから沸いている。
……ああ、そろそろ自分の出番なんだから、集中しなきゃいけないのに――次のシーンの段取りを確認しながらも、恵里菜さんの言葉が思考に張り付いてそればかり考えてしまう。
『しゅうくんのことは譲れない。だから先に言っておくね。ごめん、彼のことは諦めて』
――諦める。ヤナさんのことを……?
少し遠くで、監督の声が響いて、カメラが回り始める。と、敵役のスーツアクターが段取り通り、一直線にこちらに向かってきた。
……いけない。もう本番が始まってる――!
完全に気が逸れてしまっていた。心の準備ができないままに、敵役の彼が文字通り飛び込んでくる。彼はさきほど確認した流れの通りに身体を反転させ、回し蹴りを繰り出してきた。
ここでその足を叩き落とさなければいけないのに、反応することができない。
地震みたいに視界が揺れたと思ったら、次の瞬間、視線の先にはステージの天井が映っていた。
――頭が、くらくらする。
「カット‼」
監督の大きな声とともに、撮影が中断したのがわかった。
ほどなくして、見慣れた赤いシルエットが私を覗き込んでいる。
ヘルメットを外したその人は、心配そうに何かを呼びかけてくれている。
心配かけちゃいけない。早く起き上がらなきゃいけないのに――
ヤナさんの輪郭がぼやけていくのを感じつつ、私の意識はそこで途切れた。
私も以前、勢いで告白しそうになった時に同じことを考えたからよくわかる。
「みのりちゃんは可愛いし、妹みたいでいい子だなって思ってるけど、しゅうくんのことは譲れない。だから先に言っておくね。ごめん、彼のことは諦めて」
「恵里菜さん……」
恵里菜さんはにこやかに微笑んでいるけれど、その表情のなかに反論させまいという意志の強さが滲んでいるように思われた。
舞台上でカットの声がかかる。それを合図に、恵里菜さんは椅子から立ち上がってヘルメットを抱えた。新しいシーンに移るようだ。
「少しは緊張ほぐれた? ……そろそろ出番だね。今日の撮影は賑やかだし、いつもよりも気合入れて頑張ろ」
「は、はいっ」
緊張は和らいだけれど、その代わりにもっと別の気になることが脳内を占拠し始める。
恵里菜さん、ヤナさんに告白するって……。
どうしよう。このままじゃヤナさんの気持ちは、恵里菜さんに持っていかれてしまう。
舞台に上がり、観衆から声援を浴びながらも、私の頭のなかでは不安と戸惑いとが綯い交ぜになってぐるぐると回っている。
私は同じ舞台上にいるであろう赤いヒーロースーツ着た彼の姿を探した。彼は、敵役のひとりと次のシーンの流れを実際の動きを交えて確認している。
やっぱりヤナさんはカッコいい。この不自由で動きにくいヒーロースーツでの高さのあるキックや跳躍と、スピード感のある身のこなしは、筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい。
彼のアクションに、観客席の視聴者もさきほどから沸いている。
……ああ、そろそろ自分の出番なんだから、集中しなきゃいけないのに――次のシーンの段取りを確認しながらも、恵里菜さんの言葉が思考に張り付いてそればかり考えてしまう。
『しゅうくんのことは譲れない。だから先に言っておくね。ごめん、彼のことは諦めて』
――諦める。ヤナさんのことを……?
少し遠くで、監督の声が響いて、カメラが回り始める。と、敵役のスーツアクターが段取り通り、一直線にこちらに向かってきた。
……いけない。もう本番が始まってる――!
完全に気が逸れてしまっていた。心の準備ができないままに、敵役の彼が文字通り飛び込んでくる。彼はさきほど確認した流れの通りに身体を反転させ、回し蹴りを繰り出してきた。
ここでその足を叩き落とさなければいけないのに、反応することができない。
地震みたいに視界が揺れたと思ったら、次の瞬間、視線の先にはステージの天井が映っていた。
――頭が、くらくらする。
「カット‼」
監督の大きな声とともに、撮影が中断したのがわかった。
ほどなくして、見慣れた赤いシルエットが私を覗き込んでいる。
ヘルメットを外したその人は、心配そうに何かを呼びかけてくれている。
心配かけちゃいけない。早く起き上がらなきゃいけないのに――
ヤナさんの輪郭がぼやけていくのを感じつつ、私の意識はそこで途切れた。