撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「いえ、やっぱりよくないですね。自分の不注意で倒れたりして」

 エキストラやキャスト、スタッフのみんなを心配させてしまったことも、大切な撮影中に集中力を欠いてしまったことも、プロとしてはあるまじき行為。ただただ反省だ。

「お客さんが入ってたから緊張しちゃった?」
「……いえ……その、怒られると思いますけど、考えごとしちゃってました。集中しなきゃいけないって、わかってたんですけど」

 言いながら、恵里菜さんに言われた言葉が頭を過る。
 ……恵里菜さんが、ヤナさんの彼女に立候補するっていう話。

「そっか」

 ヤナさんは短く頷いただけで、私を責めなかった。 
 それがなおさら申し訳なくて唇を噛む。

「正直に怒ってください。私のために今日のスケジュールも編集も変わっちゃうんだから、迷惑だって」
「みのりちゃんは十分わかってるだろうから、同じことは言わないよ。人間だから、いつも完璧ってわけにもいかないだろうし」

 怒られる覚悟はできていたのに、ヤナさんは私を責めない。
 その代わり、彼はベッドの上に肘を置いて身を乗り出し、心もとなさそうに眉根を下げた。

「ただ、今回のはヒヤっとしたよ。みのりちゃんが倒れて、少しの間だけど気絶しちゃって……すごく心配した。だから自分の身体のためにも、演技中はそのことだけ考えるようにして。本当に、少しの気の緩みが大怪我に繋がるんだから。いいね?」
「……はい。すみません」

 アクション俳優を生業にしているヤナさんは、この仕事がどれだけ危険を伴うものなのかをよく知っている。だからこそ、こんなにも私を心配してくれているのだ。
 私は彼の優しさと思いやりに感謝しながら、二度と同じ過ちは犯さないと心に誓った。

「じゃ、はい。約束」

 シーツを握る手元に、小指を差し出される。
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