撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「どんな返事をされるかはわからないけど、でも手応えがないわけじゃないの。しゅうくんとは今の事務所の養成所に入ったときからずっと一緒だからね」

 以前、撮影の待ち時間で芸歴の話をしていたときに、ヤナさんはこの業界では珍しく体育系の四年制大学を出てから養成所に入ったと聞いたのを覚えている。
 ヤナさんと恵里菜さんは同期だから――単純計算で六年は一緒、ということになる。

「それだけの長い間、しゅうくんのことを見てたの。お互いアクションで食べていくって目標があったから、二十代前半のころは愛だの恋だの言ってられなかったけど……でも今は、少しは気持ちのゆとりができたつもり」

 だから邪魔をしてくれるなとばかりに真剣な表情で私を見つめたあと、恵里菜さんがいつもの快活な笑みを浮かべる。

「そういうことだから、よろしくね。お疲れさま」
「……お疲れさま、です」

 私は頭を下げて、更衣室と休憩室を兼ねたロケバスに向かい足早に歩き出す。
 ……一言も反論できなかった自分が情けない。
 本当はもっと違う返事をしたかったのに――言葉が出なかった。
 「私もヤナさんが好きなので譲れません」とか、「恵里菜さんに取られたくないです」とか。
 ついさっきまで考えていたことを伝えるいい機会だったのに。
 
「六年か……」

 微かな呟きはすぐに周囲の雑音に紛れて掻き消えた。
 それだけの長い期間、ヤナさんを思い続けているのだと知ったら、水を差すべきではないかもという気持ちになってくる。
 知り合いから一歩進んだ関係になれたのだとしても、ヤナさんと出会ってまだ一年程度だ。恵里菜さんが彼と過ごした時間の六分の一しかない。
 そんな私が、ふたりの六年間に割って入っていける?
 ましてや、私はヤナさんのことをこの現場を通してしか知らない。
 養成所の同期で、今も同じ事務所で切磋琢磨する恵里菜さんとヤナさんの間にあるであろう様々な思い出には到底敵わないのではないか、と弱気になったのだ。
 ――笑顔で寄り添うふたりを思い浮かべると、胸が張り裂けそうだ。
 ロケバスでピンク色のヒーロースーツを脱ぎながら、この衣装を着る機会が完全になくなったとき、私とヤナさんの関係はどうなっているのだろうと考えてみたけれど、上手く想像することができなかった。
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