撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「ヤナさんと恵里菜さんって付き合ってるのかな」

 伊織くんが探してくれた個室居酒屋に入り、ファーストドリンクを注文したあと。彼がひとりごとみたいにぽつりと言った。

「ヤナと恵里菜ちゃんって同じ事務所の同期だろ? 仲良いだろうしふたりだけの打ち上げしててもおかしくはないか」
「……そう、ですね」

 つぼっちさんに振られて頷いてみるけれど、ふたりのことを考えると気持ちが暗くなる。彼らは今ごろ、どうしているんだろう。

「僕、ヤナさんってみのりさんに気があると思ってたんだけどな」
「私?」
 
 自分を指差して伊織くんに訊ねる。彼は大きく頷いた。

「公開収録のとき、すごかったから。……つぼっちさんも覚えてますよね? みのりさんが倒れたときのヤナさんの慌てっぷり」
「あー、確かに! 慌てて駆け寄って、みのりちゃんが意識ないって気付いたら、自分で抱き上げて救護室まで運んだんだよね。お姫様抱っこっていうの? ああいうときってスタッフさんが動いてくれることが多いと思うんだけど、自分で」

 つぼっちさんが両手を広げて抱きかかえるジェスチャーをすると、伊織くんが「そうそう」と言いながら笑った。

「公開収録に来てた視聴者、ふたりの仲を疑ってる人とか普通にいそう。……あれ見たら、本命はみのりさんだと思うのが自然だけど」

 そこまで言うと、伊織くんは探るようにじっと私を見つめた。

「どうなの? ヤナさんと付き合ってるんじゃない?」
「な、ないない!」
「本当に?」
「本当に! ……ヤナさんはほら、あの通り正義感強くて思いやりのある人だから。ただ心配してくれただけだと思うな」

 伊織くんの整った顔で凝視されると、ボロが出そうで怖い。
 彼の言葉を否定しながらも、感激している自分がいた。
 私が倒れている間のできごとをちゃんと聞いたのは初めてだ。
 他人から見てそう思えるなら、少なからずヤナさん自身も好意を抱いてくれているのでは――と、また懲りずに期待してしまう。
 そんな本心とは裏腹に冷静な物言いが功を奏したらしい。彼は興味をなくしたようにため息を吐いた。

「ま、もしそうなら、彼女を置いて他の女と帰ったりしないよね」
「レッドとグリーンのカップルなんて、ネットニュースに嗅ぎつけられたら盛り上がりそうなネタだな。俺たち取材されたりするかな? 答える内容考えとかないと」
「つぼっちさん、まだ訊かれてもないのに考える必要ないですから」
「そうだった」

 ふたりの軽快なやり取りに笑いつつ、やっぱりそうだよねという気持ちも過った。
 もしヤナさんが私に興味があるなら、私の前で意味深に恵里菜さんとふたりきりになったりしないだろう。
 しかも、クランクアップの日だ。本当の打ち上げは別日だとしても、記念すべき日なのだし、普通はみんなで飲みに行く選択をする人が多い気がする。
 それでも恵里菜さんとの約束を優先したのは……そういうことなのだろう、と思ってしまうのは仕方がない。

「お待たせしました~」

 心のなかに蔓延るモヤモヤが、個室の扉を開けた店員さんの明るい声によってストップする。
 それぞれの席にグラスを配る店員さんを横目に、小さく首を横に振る。
 ――いいや。今はもう、あのふたりのことを考えるのはよそう。
 つぼっちさんと伊織くんの最初の一杯はいつもビールと決まっている。
 私の手元に置かれた背の低いグラスには、ミルキーピンクの可愛い色のお酒が注がれている。カシスミルクだ。
 今夜くらいは自分へのご褒美として、最初から大好きな甘いお酒を頂くことにした。

「それじゃ、改めまして、お疲れさまでした~!」
「お疲れさまでした!」

 三つのグラスが涼し気な音を立てる。
 私たちはしばしの間、撮影の思い出話に花を咲かせたのだった。
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